9匹目  初めてのヴァカンス


空港の扉の向こうにベルがいます。フウを見つけると尻尾を千切れるばかりに振って。嬉しくて嬉しさのあまりフウとベルは一緒になって飛び跳ねていますが、ベルは一言も吠えません。

siesta.jpg「わぁ、大きくなったみたい!」
「だろ? 毎日森を随分歩いたんだよ。日毎に成長していくのが判るんだ。大変な犬だよ、ベルは。ほんとに惚れ惚れするほど綺麗なんだ」と、ひと月をベル専任飼育係として無事に務め上げた夫も嬉しそうです。ベルは空港中の話題の的。私たちが出てくるのを待っている間も、子供達が寄って触って撫でまくりだったとか。ベルはベルで嬉しくて仕方がないのです。フウとじゃれ合っている姿を大勢の人が微笑ましそうに眺めています。
「あぁ、バルセロナの匂いだぁ!」と、フウ。そうです、この何処となく気だるい風。日本のあの蒸し暑さと違って、肌に感じる風はやはり爽やかです。トンネルを越えサン・クガットに入ると空気は更に清涼さを増し、バルセロナ市街とは4度は気温が違います。山のような荷物を解き、フウは早速ベルにと探してきた赤い皮の立派な首輪をはめてやります。
「あれ、ずいぶん大きいよ。首が抜けちゃうよ、これじゃ」
「あら? やっぱり。でもほら、ここに25キロ以上は大型犬用って書いてあったから。大きいかなぁとは思ったけど、もし持たないと怖いしと思って。なんかおもちゃにしようかなって思ったんだけどね、売ってるおもちゃが」
「スペイン製だったんだよ。直ぐ壊れちゃうよ、絶対」
「へぇ。25キロ以上って日本じゃ大型犬なんだ」
「そうみたい。こっちだとダルって中型犬だよね?」と、久し振りの家族の会話もまずはベルが中心です。本当にこのひと月の間に、ベルは身体がすっきりと伸び筋肉が付き、しっかりとした体格になりました。夫はこれがもうご自慢で、これからずっと「あの夏に自分がベルを仕上げた」と言う、父親のエゴイズム丸出しのような発言を再三繰り返すのです。一人で過ごした夏の心の拠り所は、ベルだったのですね。もし一人で手に余る時はベジェス家に2、3日預かってもらって息抜きしたら、と提案しておいたのですが、夫は結局ずっとベルと過ごしたのでした。但し、その被害として蒙ったのは夫お気に入りのイタリア製の靴。仕事から帰って疲れて靴箱に片付けないまま、ちょっとソファでうたた寝している間に片方を見事に食べられてしまったとか。

「フッと見たらベルが何か黒いものを口に咥えて、ニャムニャムしているんだ。まさしく悪夢だったね…」とは、何度聞いてもお気の毒な。
「脱ぎっぱなしにしておいたお父さんが悪い」と、フウはベルを庇います。ま、ね。それにしてもひと月振りに見るベルの光り輝くような美しさ。彼女の吸い付くような皮膚が光沢を放って、本当に一度撫でるとこの柔らかさの虜になってしまうのでした。
「ますます綺麗になったわねぇ」と、思わず溜息が。
「だろ? 毎日見てて判るんだよね、成長振りが。森を歩けば歩くほど本当に目に見えて綺麗になっていくんだよ。すごい犬だよ、ベルは」の呟きに、フウはにんまり。


campo.jpgさて、家族の夏休みとしてピレネーに出発です。相変わらず車を見ただけで激しい拒絶反応を見せるベル。まずは散歩に連れだし、それから車に誘導します。誘導できない場合は、仕方ありませんね、抱き上げるしか。ゲロ袋、タオルを用意して、もちろんベルには何も食べさせていません。高速の間はまずは大丈夫でしょう。問題は山が近づいてから。特に山越えでソルト方面へ抜ける道が結構振られるのです。何とかリラックスさせようと言うので、フウは日本で覚えてきたコマーシャルソングをもじって歌う事に。
「リラックスしなくぅちゃぁ~(ベルルン、ベルルン!)、リラックスしなくぅちゃぁ~!(ベルルン、ベルルン!)」と、私たちも合いの手を入れたりして必死です。ベルが生あくびをしだすと怪しいので、一層声を張り上げ、フウがこれを、
「ワンワワワ・ワワワンワァ~ン」と、犬言葉でやったら可笑しくて。夫が真似てもやっぱり声の甘やかさが違うので、
「ダメ。それはフウの方が可愛い」
「フウ、やれよ、ほら」
 でも結局、やはり持ち堪えられず、止めるに止められない山道でベルはゲロゲロ。ぐったり息も絶え絶えと言う感じで、可哀想。
「でも慣れるしかないよ。でないと何処にも行けないもんな」
「ベル、リラックスしなくぅちゃぁ~! ほら、お母さんも歌って!」
 どうにか山のホテルに着いた頃には、疲れ果てたベルはフウに寄り添って熟睡中。それにしても今まで私たちが車で旅行した犬と言えば、後部座席の真ん中に座って、カーブの度に身体を右に左にとバランスを取っていたゴッスしか知らず、犬はみんな上手にバランスを取って車に乗るものだとばかり思っていたのに、ベルときたら直ぐにへなへなとお嬢様座りをして、フウの膝に顎を乗せてぐったりしているばかり。時々カーブでエルボーアタックを食らうフウが「ぎゃーっ」っと叫んでいます。

 犬の車嫌いをどう治すか、と言う話を以前犬友のエバとした事があります。彼女の「ルアー」も車嫌い。で、解決法として考えたのは、車に乗せられる時は素敵な事が待っている、と思わせる事だと言うのです。つまり、車を我慢すればいい事があるよ、という鞭と飴方式ですね、古典です。私たちも、車で行くとベジェスが待ってるとか、ハイキングだよ、とか色々やっては見るのですが、どうもイマひとつ。大きくなれば徐々に治るという意見もあるので、これを信じるしかありません。

 さて、ピレネーの「ホテル・カルドス」は、もう7年来のお馴染みです。初めてこのホテルに泊まったのは、実は予約していたホテルが急病人の為に部屋が空かず、こちらへ回されたと言う経由ででした。ですが、山のホテルなのに洗練された味わいがすっかり気に入って、部屋の空きが出たと言う連絡が元のホテルから数日後に入った際にも移らず、それ以来毎夏をここで過ごしています。ピレネーと言ってもフランスとスペインを分断する大山脈ですから、カタルーニャ、アラゴン、ナバラ、バスクと、4つの州に接しています。カタルーニャでもジロナ県(地中海側)とレリダ県(アラゴン州寄り)のピレネーがあり、私たちが行くカルドス渓谷はレリダ県です。カルドスは薊の事で、ホテルのレゴマークも薊、Tシャツなんかも自主制作販売しています。今は代が変わって若主人ですが、始めてきた頃はまだそのお父さんがフロントにおられて、茸の目利きをして頂いた事もあります。この一家は背高家族で、フウと同じ年頃の男の子が二人いてとても良い遊び友達。一昨年と昨年はゴッスを連れてきたのですが、今回犬が変わっているのを見て、若主人のシント(198センチある)が、
「あのゴッス・アトゥーラはどうしたの?」
「あの子はうちの子じゃないの、お隣の子なの。この子はうちの子、ベルって言うのよ」
「綺麗なダルだね」
corona.jpg スペインでは動物を受け入れてくれるホテルは、他の欧米諸国に比べて数が少ないのですが、ヴァカンスを過ごすようなホテルだと受け入れてくれる所があります。もっとも海のホテルだと、海水浴客がいる時間帯は犬を砂浜に出しては行けない、と言う規制がある為、別な難しさがありますが。このホテルではベルは私たちと一緒の部屋で寝起きをします。無駄吠えはしません。他にも小型の犬を連れて来ている人がいるようですが、みんな吠えたりしません。食事の間は部屋で大人しく待っています。ホテルにも犬がいて、かつては大きなピレネー牧羊犬のマルティン種がいましたが、昨年来た時には亡くなっていました。二年前、ゴッスはいきなりその牧羊犬のお腹の下にすぽっと入れられ、力関係を一発で教え込まれた(オス同士ですからね)事がありました。そして今年はゴッス・アトゥーラが欠けています。
「山で猟師に間違って撃たれたのよ、酷いと思わない?」と、シントのひとつ上のお姉さんサラ。サラは夫と、シントは私と同じ年なのです。
「そういえば、サン・クガットでもこの間鉄砲の音がして、猟師が出てたよ」
「よく事故が起きるから気をつけないと。猟師はちょっと動いたら確かめもせずに撃つからなぁ」とのシントの言葉に、ゾッ。

 結局ホテルに残ったのはメスのシェパードが一匹だけ。ベルはまだ子供と判断したのか無罪放免お構いなしです。やっと車から解放されたベルと川まで散歩に行く事にします。フウは荷物を下ろすと直ぐにここの息子トイとパウの所へ遊びに行ってしまいました。このカルドス渓谷には綺麗な清流があり、橋の上から虹鱒が沢山泳いでいるのが見えます。むろん、釣りは規制されていて、釣り券(一日券、シーズン券、1年券)が釣区毎にあり、毎年禁猟区が移動したりと結構細かい。以前友人のジョアキンがフランスから山を超えて密漁に来る奴らがいる、と言っていました。電気を流したりして稚魚から何から根こそぎにするのだ、とか。何処までが事実なのかはスペイン人独特の理解法でもって図らねばなりませんが、上から下まで渓流のフライ釣り一式に身を固めた人たちが結構川に入っていて、釣り上げたところはあまり(皆無に近い)見た事はありませんが、一度二匹の野生虹鱒を釣り上げるという大興奮を経験した夫は、見える魚は連れないと言うのが判っていながらも、胸が騒ぐ様です。別に彼は渓流釣りのベテランでもなんでもありませんが、自然と戯れ、一体になれるような一瞬の錯覚、あれが忘れられないのでしょうね。かく言う私も20歳の頃に渓流釣りにはまった事があり、自分で毛鉤まで作ったりしてたのですから、その心持ちが解らないでもないのです。もっとも息子は釣れない釣りは楽しくないので、釣りは海と言い切っていますが。

 さて、川原に連れて行くとベルは狂喜乱舞、ざぶんと冷たい清流に入って気が狂った様に走り回っています。車酔いのご機嫌も直ったみたいです。一体全体山へ連れてくると、犬はどうしてこんなにも嬉しそうなのかしら。
「ゴッスもそうだったね」
「走れないなんて言ってビッコを引いてたのに、山に来たら自転車を追い抜いて行ったわよね、あそこの野原で」
「うん、すごかったね、後ろ足なんか両方ともぴーんと跳ね上げちゃって」
「ゴッスはピレネーが故郷だからね、野生に戻っちゃったのよ、きっと」

piscina.jpgそれにしても冷たい水。山にいる間、毎日ベルはこの辺りを散歩しました。朝はまだ一面朝靄に煙る静かな野原を歩きます。しっとりとした露が清冽な山の朝を濡らし、ベルは軟らかい草をむしゃむしゃと食べてご機嫌。ヴァカンス期間の村は朝が遅く静かです。大概午前中は散歩に費やし、昼は適当に自分達でキャンプして食べてしまいます。スペインではヴァカンスは通常4週間取れる事になっていますが、2週間ずつに別けて取る人や、7月、もしくは9月に取る人がいて期間に幅があります。小さな子供のいる家庭はサマーキャンプも何もない8月に取らざるを得ないし、この期間は一番ヴァカンス費用が掛かるので、それを避けてずらす独身の人たちと毎年協議して、ヴァカンス時期を組み合わせる様です。そして別荘がある家庭は早々にそちらで過ごしますが、でなくば旅行に行くか、こうして一箇所滞在型にするか、毎年サマータイムに切り替わった辺り(つまり3月の末)から人心掻き乱され、心は既にヴァカンスへと浮遊していくのです。私たちは夏の旅行をあまり好まないので、毎年10日程をいつもピレネーで過ごしています。今年は私とフウが日本に帰国していた事もあって、夫を慰労する意味でもヴァカンスぎりぎりですが8月の末から1週間、都会の喧騒を離れようという事ですね。こちらではホテルは部屋のみ、朝食付き、朝食夕食付き、三食付き、という形になっていて、大体ヴァカンスの場合は朝と夕の二食か(メディオ・ペンション)、三食とも(ペンション・コンプレート)ホテルで摂るのが普通です。食事を作らないで済むというのが主婦にとってのホントのヴァカンス。スペインでは昼食が一日のメインなのですが、出かけていて昼毎にホテルに帰ってくるのは面倒なので、私たちは昼は適当に外で済ましたりキャンプをしたりと、フレキシブルに動ける様にしています。中にはとても年配のヴァカンス客や、赤ちゃん連れの人たちもいて、そう言った人たちは三食ともホテルで摂る場合が多い様です。

 もう何年来とこの谷に来ているので、ホテルの皆なは勿論、その他にも顔馴染の人がいます。ホテルの前のバールのおじさん達もそう。私たちを見かけるとバールのお兄さんはいつも「やぁ、また来たね」と、少し純朴そうに頬を赤らめて声を掛けてくれます。夕方の散歩の後少し火照った体を休める為、ここで冷えた生ビールとオリーブなどをつまんで、夕食迄をぼんやりお喋りして時間を潰すのが、ヴァカンスの最もヴァカンスらしい姿なのかも知れません。ベルもここでお零れをもらって、おまけにカードゲームをしているお客のおじさん達に頭を撫でてもらってご機嫌です。バール近くのスーパーのおじさんもよく知った顔なので、気軽に話し掛けてくれます。
「高圧電線はどうなったの?」と聞くと、
「おぉ、あれはこの谷には通らない事になったよ。アラン渓谷の方を通るらしいぞ。署名してくれたんだっけなぁ」と、嬉しそう。フランスの重要輸出物のひとつである電力をモロッコに輸出する為、高圧電線をフランスからピレネー越えでモロッコまで通させるという政府間協定に拠り、このカルドス渓谷を通らせる、最も過疎地であるこの谷が狙われている、というので反対署名運動があり、私たちも署名したのでした。ひとまずは歯止めが掛かった訳ですね。

maurci.jpg今日は少し下流にある湖の近くでキャンプ。家で作るのと違っていたって簡単なインスタントな作りにもかかわらず、キャンプカレーって、どうしてウキウキするのかしら。ベルはさっきから水辺でバチャバチャと大騒ぎ。カレーの匂いに興味津々です。毎日大好きなフウが(トイたちと遊びに行ってはしまうけど)、夫が、私がほとんど側にいて、しかも一日の大半を外の自由な空気の中で過ごせるのですから、ベルも「ヴァカンスって素敵!」と思っているのでしょうね。

 ホテルのプールで午後はのんびりベルも一緒に日向ぼっこ。水は山の清流ですから冷たくて私はほとんど耐えられませんが、潜っているフウを見て何を思ったのか、ベルがうんと覗き込んでいるな、危なっかしいなぁ、と思った矢先、ドボン! びっくりしたベルが犬掻きで必死に泳いで上がろうとするのですが足場が高くて上がれず、慌てて引き上げてやります。まぁ、好奇心旺盛で、
「ベルったら、どじな奴!」 あの慌てた顔のベル、今思い出しても笑える事件です。

さて、山で過ごすヴァカンスの中の1日は、山に登ると決めていて、これは息子が4歳の時から続けています。むろん小さい頃はそんなに歩けませんから、ロバのタクシーで行った事もありました。ヨーロッパではヴァカンスは家族、つまりは子供を中心に過ごすのが一般的で、子供連れへの配慮が良くされています。もっとも駅にエレベーターはおろかエスカレーターすらなくとも、必ず誰かがベビーカーを持ち上げる手伝いを申し出てくれるし、老人の為にはドアを空けて待っていてあげたり、そんな良識(常識?)はまだスペインでは日本のように薄れてはいないようです。

vacaciones.jpg今年はベルが初挑戦、国立サン・マウルシ湖沼地帯公園へと向かいます。山の天候は午後になると変わりやすく、朝は早めに出発をしなくては行けません。サン・マウルシから見える険しい山並みはカタルーニャ・ピレネーの中でも際立って高く、3千メートルを越えており、その周辺は多くの湖に囲まれた風光明媚な国立公園になっています。かつては中腹のサン・マウルシ湖まで車で行けた事もあり、幼かったフウと湖を一巡り三時間ほどを歩いたものです。現在は環境保護の為に国立公園の入り口に駐車場が作られ、監視員が常駐しておりそれ以上は一般車両は乗り入れが出来ません。許可証を持っている山小屋の人たちや山林警備、そして四輪駆動のタクシーだけが入山できます。四輪駆動の乗合タクシーはあちらこちらで募集しており、歩きに自信のない人や、車の不安のある人、もっと上まで行きたい人に人気があります。上で降ろされて、何時間かの自由時間、そして集合して戻るというのが一般的ですが、降りた所と拾う所が違うコースもあって、それに一、二度参加した事があります。その時は最初子連れの私たちが足手纏いになるんではないかと危ぶんでいた他のスペイン人が、途中から道を迷わないかとやたらに不安がって、地図を持って歩き慣れている私たちにくっ付いてきて、これで間違いないのかと何度も不安そうに尋ねられ苦笑した事がありましたっけ。スペイン人は騒ぐ割に自力解決できる人が少ないのです。大騒ぎして時間をロスすることを勿体無いとは考えず、騒ぐだけ騒いでおくのが後々まで不満を内に燻らせない最良の方法と弁えているのかもしれませんね。そして責任は常に「自分ではない“誰か”の頭上」に存在していると考えています。

今回はもう三度か四度目で、かつてはゴッスも連れて来た事があって余裕余裕。ただ国立公園内では犬は紐で繋いでいる事が条件です。入り口でゴミ袋と国立公園を保護する規約書を渡してくれる監視員に、その旨確認を受けます。今日はいつもと違って伸びる紐だし、大丈夫でしょう。山道は色んな種類の薊が咲き乱れ、竜胆も咲いています。むろん花を取ることは出来ません。火を熾すことも禁止。夏の山でもっとも警戒される山火事のほとんどは人間が引き起こしたものです。6月から9月、夏の乾季と言った感じでほとんどまとまった雨が降ることのないカタルーニャでは、この山火事による被害で毎年多くの緑が失われています。山のほとんどが下草処理もされず枝が払われる事もない言わば放ったらかし、良く言えば手付かずの森なので、強風に因る樹と樹が擦れ合っての自然発火が原因の山火事が、嘗てはもっとも恐れられたものでしたが、現在はタバコの投げ捨て、放火が圧倒的に増え、人間がやはり自然の天敵になっているのです。そもそもスペイン人の公共感覚は大きくズレていて、山でゴミを捨てるなんて普通だとの感覚の人が多いのです。このところ監視員がゴミ袋を渡すようにしているので、国立公園などでは意識が高まって来てはいるようですが。

何年か前にサン・クガットの隣区で山火事が発生し、大変な被害を出しました。ヘクタール自体の規模では山林とは違い左程でもなかった筈ですが、実は森全体が住宅地として開発されている為、焼けだされた家が多かったのです。その時にボランティアとして多くの人が消火作業に当たり、友人アデのお兄さんであるミキも参加したのですが、とても消防自動車が入れないような細く入り組んだ山道の開発区では、ボランティアの人たちは手にバケツと木の枝を持ち、枝で水を掛けるという暴挙とも言える作業に当たったというので、驚いた事があります。ヘリコプターでの消火作業は風を煽る危険性もあり難しい面が多いようですが、別荘地帯では庭のプールの水を、海の近くでは海水を取り組んだりするそうで、この年はモンセラットも再度の火事に見舞われたし、茸の産地もやられたしで、カタルーニャ州政府は消化設備の不備を随分と叩かれ、それ以降サン・クガットとバルセロナの峠には真夏の間は消防車が常駐するようになり、見回りのヘリも頻繁に飛んでいるようです。

seta.jpgそれにしても雄大な山を見据えながら歩いて行くのは、本当に晴れ晴れとします。犬にも何匹も出会いました。中には紐に繋いでいない人もいますが、みんな飼い主のいう事はちゃんと聞いてむやみに吠えたり、必要以上に他の人たちや犬に近づいたりはしませんから、まぁ良しとします。日本にいた時も山歩きをかなりこなした私達ですが、つらつら思い出してみると、一度も犬連れのハイカーにはお目に掛かった事が無かったような…? 野外キャンプが人気だという日本、今はこういった犬を取り巻く状況も変わって来ているといいのですが。まずは吠えない躾が大事ですが、ベルには別に吠えるなという躾をした事はなく、ごく自然にしているだけなのですが、やはり家族との接し方からくるのでしょうか。庭で繋がれ放しだと吠えたくもなる、という事なのかしら。

茸を見つけました。赤くて毒々しいお伽の国の絵の様なやつ。湖まで辿り着いてぐるりと湖の周りを歩くうちに、なんと伸び縮みできる紐のストッパーがベルの力を制御できなくなって歯止めが利かず、崖淵で何度も恐怖を味わう事になりました。これは25キロまでの犬用なのに! ひえ~っ! リールを外して自由にさせた方が良かったのですが、暴走しかねないベルが怖くもあり、何とか無事に湖を巡りきって夫は疲労困憊。ベルはもっともっと走りたい!  山小屋で食事をして一息つきます。ベルもお零れ頂戴で嬉しそう。6ヶ月を過ぎてから朝夕二回の食事になってしまったベルは、食べても食べても空き足らぬ様で、ぼたぼたと涎を落として頂戴ポーズを繰り返しています。これは右足で相手の膝などをちょいと突ついてせびるポーズで、頭を撫でて欲しい時もシツコク繰り返します。他の犬友や初めて会った人でも、一度撫でてもらったらもう離しません。なんとも人懐こく可愛いポーズですが、食が絡むとガシガシと痛い! やり過ぎ! 帰りはぶらぶら茸を探したりしながらのんびり下っていきます。丸々一日、歩いて歩いて草臥れたのかあの車嫌いのベルが帰りは嫌がりもせずに飛び乗り、フウに凭れ掛かると直ぐに眠ってしまいました。これが車嫌い解消のいい方法かもね。

翌日はフウを置いて私たちだけで別な山へ行きます。フウは一日付き合えば約束は果たしたと言う考えで、仲間同士での遊びに夢中です。どうやらお昼や夕食のテーブルセッティグをホテルの息子のトイたちと一緒に何人かで手伝ったりしてるみたい。それも楽しい様です。
carolina.jpg今日は茸とブルーベリー探しが主な目的。茸は詳しくないのでこれはと思うのを根元を傷つけないように途中からナイフで切って、とりあえずホテルで見てもらう事にしています。ブルーベリーは本当は7月末から8月上旬が摂り頃ですから、今年は遅すぎてもう萎びていてジャムを作れる程はありません。替わりに木苺と野イチゴを摘んで帰ります。野イチゴは宝石の様に下草の緑の中にきらりと赤が光って見え、こんなにも小さなもの(小指の爪ほど)が、現在のイチゴの原型とは人間の品質改良の技は恐るべし。それでもヨーグルトに乗せて楽しむくらいは摂れたのでフウへのお土産にします。茸狩りはどんどん森の中に入って行くので、時折夫とベルの位置を声を掛け合って確認します。ベルは夫と私の間を往復して楽しそう。お願いだから牛のうんちを食べないで! 山中に放牧されている牛のうんちが至る所にどかん、どかんという感じで点在しており、もっと小さなころころしたヤギの糞も一杯。ホテル近くではトレッキングの馬の糞がもわ~んとどこか酸味のある匂いを放っており、鼻利きベルとしては忙しい毎日です。茸探し犬にでもなってくれれば嬉しいのにと思った矢先、別な鼻利きが、
「おーい! セプを見つけたぞぉ!」
「エェッ!」と、狂喜乱舞。セプと言うのはイタリアのボルチーニ茸の事です、嬉しい! 立派な立派なセプです。これは偽セプがあって、見分けるのは後ろのスポンジ状の所が黄色く軟らかいかどうか。うふふ、本物です! 続いて幾つか見つかります。ウフウフ! それから私が見つけたのはロベジョン。これは血の出る茸とも言われ、カタルーニャでもっとも珍重される茸、日本では緑青初茸と言う名で東北の一部に出るとも聞きましたが、カタラン人だったら垂涎の的。これをたっぷりのニンニクとパセリ、オリーブオイルと塩コショウ、オーブン、もしくはフライパンで軟らかくなるまで焼くと言ういたって単純な調理法ですが、これが美味しいの! 不思議な事にスペインではカタルーニャ地方しか食べなかったそうで(現在は他のピレネー地区でも食するようになってきている)、嘗ての所有領だった南フランスのピレネー地区でも食べるそう。カタルーニャが一番沢山の種類の茸を食べると地元っ子は言っていますが、確かに食材は豊富な地方です。軸を切るとオレンジ色の汁が出てきて、暫らくすると傘の裏側に、あら不思議、緑青を拭いた様に緑の斑点が現れ、傘は硬くしまっていて、ちょっと見にはあまり食べられるようにも思えないのですが、初めて口にして以来秋の楽しみのひとつとして心待ちにするようになりました。最も高値の時期でバルセロナだとキロ3,800ペセタ辺り、円にして3000円くらいでしょうか。最盛期で値が下がると2,000ペセタ辺りになったりしますが、スペイン人だって初物食いは好きなのです。別に寿命が伸びると言うからじゃなく、自慢しいだからかも知れないけど。ま、とにかくロベジョンを見つける、しかも初物も初物の8月の末に、これは誇ってもいい事です。早速その他雑多な、なんかこれ食べられそうじゃない、と言う類もひっくるめて持って帰り、直ぐにホテルのフロントに駆け込んで広げます。
「まぁ、ロベジョンじゃない! よく見つけたわね」と、サラに言われてにんまり。シントもやって来て、
「おぉ、すごいね。セプもあるよ」と、喜んでくれます。
「でも、これは食べないわね。食べる地方もあるってお客さんで言ってた人がいたけど、私たちは自分が知らないものは出せないもの」と、サラが食べられるのとそうでないのとを手早く選り分けてくれます。それはそうでしょう、客商売ですものね。目利きのサラが選り別けてくれている間にも、フロントを通りかかったお客さんから、
「まぁ、すごい! 何処で見つけたの?」
「日本人だって見つけてるんだぞ、おたくらも頑張んなさいよ」と、シントの突っ込みがあったりと賑やかこの上なし。採って来た茸の半分は目の前でそのままゴミ箱へ。何時もの事ですが。残ったものを早速今夜のおかずにしてくれる様に頼みます。なんとも今夜が楽しみな。


flores.jpg夕食の席に着くと、ここ何年か給仕を勤めていて顔見知りのナッチョが注文を聞きに来てくれます。夕食は込みなのでセットメニューから選ぶのですが、今夜は特別に私たちのテーブルにだけメイン料理の前に茸のひと皿が出てきました。あぁ…。蕩けるようなセプと歯応えを残すロベジョンが、ニンニクとオリーブオイルに醸し出された野太い香りと絶妙の調和を取っています。他のテーブルからの熱い視線を受けつつ、ほわっとひと時優越感に。明日から必死になって探し始める人たちが続出するかも。うふうふ。

 楽しかったヴァカンスももう今日が最終日。山からバルセロナは休憩も含め、車で5時間ほど掛かります。問題は相変わらずの抵抗を見せる、ベルの車嫌い。帰りに何時も行く上流の村の養鱒場で、猫と植物の水遣りの世話をしてくれているアデたち夫婦、その両親たちへのお土産も兼ねて鱒を釣って帰ります。これはフウの役で、一人1匹ずつ、計7匹を釣り上げる間、私はベルを連れて更に奥へと歩いて行き、そちらで追いかけてきた車に拾って貰う事に。何とかもう少し草臥れさせて諦めさせようと作戦。しかし、熱い日盛りの中どんどん歩けども歩けども車は来ません。陽は天高く山道に影はなし、さすがにぐったりした頃に、
「ごめん~。フウが釣り落としちゃうもんだからさ、合わせが早すぎて」と、夫の声。いそいそと呼び寄せる私の声を無視して、ベルは車から5メートル以内には近寄らず回りをウロウロするばかり。業を煮やした私たちは仕方なく、車をターンさせ下の養鱒場までゆっくりベルを引っ張る事にします。置いて行かれるとでも思うのか、必死に走ってついてくるベル。途中で一度止まってみましたが、それでも未だ車には近づきません。強情な奴。しかもパワフル。結局3キロ程を走り、御用。後はさすがに草臥れたのか素直に反省し、それっきり車に酔う暇もなく眠りこけ、トイレストップの後もすんなり車に乗ってフウと一緒にまたウトウトと、無事に初ヴァカンスから帰還したのでした。