7匹目  お犬見弁当の愉しみ方


レリダ大会が近づいて来ました。ここで思いがけないと言っていいのか、待ちに待ったと言うのか、とにかく私達一家にとって大きな契機となる事が起きました。日本のスペイン大使館新改築のコンペを夫のグループが獲得したのです。急遽、彼は契約の為に日本に帰国する事になり、それがiris.jpgベルの初舞台レリダ大会に被ってしまいそうなのでした。問iris.jpg題は私が車の運転が出来ないという事です。ベジェスに話すと、例によってビセンスが、「ニングン・プロブレマ!(全く問題ない) 僕達の車で行けばいいさ。ライムはオチビだから抱いて行けばいいし」と言ってくれます。でも彼らはジョーとシニアを出場させる予定ですから、3匹もの犬を乗せるのは大変です。結局、夫はベルが心配だしと言うので、大会前日にこちらに帰ってくると言う厳しいスケジュールに訂正。翌日は彼が運転する車で行く事になりました。

大会前の二週間、夫のいない間はフウと私で学校と仕事を遣り繰りしつつ、散歩をこなさねばなりません。時には朝の8時に家を出る為に、6時半頃に起きて 30分程の散歩に連れて行き、あたふたと朝食、お弁当作り、仕事へと駆け込みます。そんなある早朝。いつもの犬友広場へ行くと濃霧の中、ゴールデンレトリバーのヘロも散歩をしています。
「おはよう。早いわね」と挨拶すると、
「吠えて騒ぐから、仕方なしに出しに来たんだ」と、アルゼンチン人の飼い主がぼやきます。夕方に会う時はたいがい携帯電話を片手に話しながらヘロに付き合ってるという感じなのですが、さすがに早朝は手ぶら。どうも淋しがりやのヘロは明け方に人恋しくて泣く様なのです。夫婦の寝室に入るのは禁止されているので、キッチンに閉じ込められているのが嫌みたい。しかし明け方に吠えられては近所迷惑も良いところだし、というので仕方なしに外へ出しているのだとか。毎日それじゃ身が持たないのでは? ベルは吠えはしませんが、ドアをガシガシとノックするだけでも結構起こされるのに。ま、その後、夫の抱き枕と化して気持ち良さそうに寝てるから、外へ出さなくていいだけマシなのかしら。そんな飼い主たちのボヤキも知らずに早朝からヘロとベルはご機嫌で遊んでいます。やれやれ。

この期間、早朝の仕事は断ってはいますが、時には朝出ていったきり夕方まで留守の事もあり、ベルはベルで面白くない様子、帰ってくると溜まったエネルギーを全開させようと、お遊び強要する事著しく、疲れて帰ってきた私はぐったり。それでも大会の為に、何とか少しは練習をと思うのですが、ベルときたら相変わらず紐を咥えて首を振り振り走ったり、口を触らせるのも一苦労で手は涎でべとべとです。
「うわぁ、ベルのババ(涎)攻撃だ!」と、押さえつけられて舐めまくられつつも、フウは嬉しそうですが、犬の舌って結構痛い、猫と違ってザラザラ度が強い。舐め始めるとしつこいのも困りもの。でも、何をされたって可愛いので許しちゃう息子。少しばかり人見知り屋さんだった彼も、ベルが来てから変わってきました。道行く人毎に「ダルだ! 可愛い」「触らせてくれる?」「名前は?」と質問攻めにあい、恥ずかしいけどもちゃんと対応しなくてはいけないと思っている様ですし、何よりも犬友広場で大勢の仲間と挨拶を交わすうちに、徐々に人見知りも収まってきた様です。一人で行くのは嫌だと行っていた広場も、最近は苦にならないみたい。

Lucas.jpg「どう、ベルの様子は?」と、大会が近づいてきたある日、サルゥから電話がありました。
「毛が少し生えてきたのよ」
「まぁ、よかったわ。あの薬が効いたのね」
 そうです、例の500円禿げ。サルゥから貰った薬は直ぐに終わってしまったので、早速教わったお店で徳用缶というのを薦めてもらい、毎日飲ませていた成果が現れ、ピンクの地肌が見えていたこのお禿げに白い毛がうっすらと生え始めたのです。まだピンクの地肌がすっかり隠れるほどではありませんが、何とか治る見通しがついてきたのでホッ。よかったよかった。それにしても憎きハナめ、と夫の恨みは深いのでしたが。

「ちゃんとシャンプーしてやってね。それからね、当日は何も食べさせちゃダメよ。リンクでお粗相をさせない様にね、エキスポジションの朝は何もあげないのよ。それから毛布を持って来た方がいいわ」と、当日の注意を受けます。高速道路のガソリンスタンドで待ち合わせをして、会場を知っているベジェス達に誘導してもらう事になりました。
「どうだい、練習してる?」と、途中から電話を替わったマニュエルに、私は
「う~ん、紐を咥えては走るのよね。ぴょんぴょん飛び跳ねちゃって。でもとても楽しみにしてるの」と、応えます。

エキスポジションとはどういうものかも知らない私達からすれば、これは滅多にないイベントで、お楽しみ気分の方が強かったのは当然かもしれません。日本からの夫の電話も、まずは最初に、「どう、ベルは元気?」と聞いてきます。ベルは私達家族にとって、なくてはならない一員なのでした。大会前日、日本からの長旅にくたびれつつも、コンペ獲得という喜びがやっと実感を伴うようになった夫が、沢山のお土産(ほとんどが食料品)を抱えて、無事帰国。さぁ、明日は初めてのエキスポジションです!

 当日、6月の20日ともなれば、かなり気温が上がってきています。高速で無事に落ち合った私達、ベジェスの後ろをくっ付いてレリダの会場へ到着。例によって街中をぐるぐる回った時にベルはゲロッピー。何も食べていないので量的には対した事はありませんが、車を見ると拒絶反応を引き起こす問題は、未だ長く尾を引いています。
 とにかく言われるがままに動くしかありません。荷物を持って、まず会場入り口で大会申込書を見せて中に入り、最初にする事は何時に何番リンク(犬をプレゼンテーションするステージ)でダルの審査が行われるかを調べます。当日まで判らない事が多いとかで、張り出してある一覧表でダルを探し、時間を確認(現在は事前にインターネットで調べられるようになりました)。その指定リンクへ向かい場所取りをします。初めてで知らなかったのですが、用意されている観客用の椅子が極端に少なく、周りを見まわすとみんな自分達でキャンプ用の椅子やテーブルを用意してきているようです。でないと、立ち詰になってしまいます。ベジェス達は慣れているのに何も持って来ていません。どうしてかしら?

raim-blat.jpg取りあえずリンク脇にベルのお座布や荷物を置いて、それからビセンスと一緒に登録ナンバーを貰いに受け付けに行きます。ここで参加費を払い、ナンバーとカタログを受け取ります。参加費もウニオン・シノフィラ・デ・カタルーニャ(カタルーニャ・ケンネル・クラブ)の会員だと割安だし、二匹目からは割引料金になるとか。(現在は振り込み証を添えないと申し込みができない仕組みになっています)

 さてさてカタログの見方もちんぷんかんぷん。まずスペインではダルはグループ6に属していて、このグループはバセットハウンドやビーグルのような嗅覚の優れた犬、追跡犬が主で、それに似た種としてダルが含まれています。もとはダルも狩猟犬として活用された時代があったり、火を恐れず嗅覚が鋭いというので今も災害救助犬として活躍していたりするそうです。消防隊のマスコットたる所以ですね。体型的にはポインターなんかにも似てますものね、でもポインターはグループ7で、こちらははっきりと狩猟犬という属名になっています。狩猟犬と猟犬の違いは、どうやら狐狩りのように追いかけて狩をするタイプがグリープ7 のポインター、セッターなどの狩猟犬で、射止めたものを探しに行ったり、穴から追い出したりするのがビーグルやバセットハウンドの猟犬らしいのですが、またグループ6もハウンド種は除くなんて書かれているし、「ド」千倍素人の私には違いなんかほとんど判りません。そもそもの犬の役割が、牧畜、牧羊の為と狩猟目的だった訳ですから、これを基に色々なタイプの別け方ができているようです。因みにグループはこういう別け方です。皆さん判りますか?

* グループ1   牧羊、牧畜犬
* グループ2   ピンシャー、シュナウザー、モロシアン、スイス牧畜犬
* グループ3   テリア
* グループ4   テッカー(ダックスフンド)
* グループ5   スピッツおよび原始タイプ
* グループ6   嗅覚犬、追跡犬および似た種
* グループ7   狩猟犬
* グループ8   猟犬およびウォーター・ドッグ
* グループ9   同伴犬
* グループ10  ハウンド種

 未だに私にはこの犬はグループ何々ね、と判るのは少ないままです。どうにかダルのグループ(だってライバルになるのです、知らなかったけど)だけは判る様になりましたが、これも国が変わると違ってしまいフランスではダルはグループ9の同伴犬、いわゆるペットペットした愛玩犬種になってしまうとか。

そして各グループの中にいろいろなクラスが別けられていて、そこにはパピークラス、ヤングクラス、オープンクラス、チャンピオンクラス等があり、更にオス・メスに別けられています。クラス毎にオス・メスの一等が選ばれ、そのどちらかが各クラスの最優秀犬として選ばれるという仕組み。パピークラスはカタログの後ろに別枠で設けられていて、まだ見習といった扱いです。   

* A チャンピオンクラス スペイン、もしくは国際ケンネル協会所属国のチャンピオンの称号を有するもの。CACIBのみ選出。
* B オープンクラス 15ヶ月以上のもの。CACが取得でき、優勝者はCHクラスでCACIB選出に参加できる。
* C 労働クラス  15ヶ月以上で労働証を有し、能力テストで公認許可を得ているもの。
* D 中間クラス 15ヶ月以上24ヶ月未満のもの。優勝者はBとCクラスの優勝者とCAC選出に参加可。既にCACを有するものはCHクラスのCACIBに参加可。
* E 若者クラス 9ヶ月以上18ヶ月未満のもの。
* F 仔犬クラス  5ヶ月以上9ヶ月未満のもの。
* G カップルクラス 同じ種で、同じ所有者のオス・メスのカップル。
* H ブリーダークラス  同種、もしくは異種で、同じブリーダーによる  3匹以上のグループ。



tacio.jpgという形に別れています。この仕組みが理解できるようになったのは、もっとずっとずっと後の事で、もしかしたらベルがチャンピオンの道を歩めるかもしれない、そんな光明が見えてきてからの事。この段階では参加はあくまでもレクレーションに過ぎませんでした。この記述の他にもチャンピオン資格取得の必須条件があるのですが、それはまだ夢のまた夢。ベルはあくまでも見習い仔犬なのです。

 そしてCACと言うのは Certificado de Aptitud al Campeonato Nacional de Belleza (国内美犬チャンピオン資格適正証とでも訳しましょうか)の略であり、CACIBはCertificado de Aptitud al Campeonato Internacional de Belleza de la FCI(FCI認可国際美犬チャンピオン資格適正証)の略だという事も、後々調べて解った事です。FCIとはベルギーに本拠を置く国際ケンネル協会の略です。

 さて、わくわくとカタログの仔犬クラスを見ると、今回はカタルーニャ主催の国内大会なので全体に参加者は少ないのですが、ダルの仔犬クラスはシニアとベルだけ。姉妹対決です。
「きゃっ、ライバルだわ、ライバル!」なんて、サルゥと呑気にはしゃいでいると、マニュエルが突然、
「せっかくだから出してみないか?」と言い出しました。
「エーッ!」
「だってすごく楽しみにしていたんだろ? やって見たら?」
 あら、まぁ。すっかりお任せモードだった私は慌てふためき、
「どうする?」と、フウと夫に相談しました。
「やって見たら?」
「いいよ、お母さん、負けたって構わないよ」と、皆でごちゃごちゃ言っていると、見かねたサルゥが助け舟を出してくれます。
「いいのよ、マニュエルが出してくれるわよ」
「でも、サルゥ。楽しみにしてたんだから、やってみた方がいいよ」と、マニュエル。ビセンスはシニアを出す事になっていますし、
「いいじゃないか、気にしないでさ。うちの犬なんだし出してごらんよ」と夫がプッシュ。これで腹が決まって、
「やってみよっかナ」

cinia.jpg何しろ考えてもいなかったので空いてる場所を見つけてちょっと練習する事に。付け焼刃もいいとこですけど、仕方ありません。首を引っ張られてベルったらあんまり嬉しそうには見えないなぁ。
「もっと首を上げさせて。ベルを見るんだ」と、マニュエル。やって見せてくれますが、大体この歳になるとちゃんと頭の中で整理してイメージが出来てからでないと、そうおいそれとは身体が言うことを聞きません。どう言う風に走ればいいのかしっかり納得がいっていない為、どうしても走って行く方向に目が行ってしまい、ベルの形を見るところまでいきません。
「走る時は必ず自分は外側、ベルが内側を走るように。審査員から見えるように走らせるんだ」
「他の人がやっているのをよく見て。大体三角か輪かで走らせて、直線で往復させるのよ」

 なるほど、審査員がリンク(これがまた赤い絨毯が敷き詰めてあって派手なの)をぐるっと輪に回る様に、もしくは三角ベース型で回る様に指示しています。
「あれは走ってる全体の姿を見る為なんだ。ちゃんと運動してない犬は直ぐに判るよ。それと直線、これは足が開いていないかどうかを見るんだ」
「う~ん、みんなちゃんと走ってる様に見えるけどなぁ」
「とんでもない! ほとんどの犬が運動不足だね。ジョーを見てごらん、この筋肉の素晴らしさ」

jago.jpgそうです、ジョーの身体はいわば競輪やスピードスケートの選手みたいな筋肉の付き方をしています。肩幅ががっちりとあって、ウエストが締まり腰から先、太腿が非常に発達しているのです。お尻の方が太腿より小さくて、太っとい尻尾が付いています。すっくと尻尾を伸ばして極めのポーズ。うーん、チャンピオンだものなぁ。

 さて、いよいよダルの時間です。まず最初に仔犬のクラス。ビセンスのやるように真似して、なんて思っていたらベルの登録番号の方が先で、まず私が走る事になってしまいました。ひぇ~っ! あたふた。興奮して何だか訳も判らない内にどうにか指示通り走り終え、審査員が歯並びを見ようとするのですが、頑強に首を振るベル。「ちょっと手伝ってください」なんて言われてしまいます。はぁ~。おまけにずっと立ってるのなんてごめんとばかり、やっぱり「お座り」してしまうベル。「直ぐに忘れる」なんて言ったのは誰? 冷や汗で肝が潰れます。やっと開放されて、次はビセンスの番。ちょこちょこと何だかちょっと不思議な走り方をするビセンスに寄り添って、シニアは余裕の走り。後で写真を見てみたら、やはりベルは首を下げて匂い嗅ぎしたがる傾向があるようです。口だって大人しくされるがままに触らせているシニア。何だか既に落ち着きある雰囲気を醸し出しています。ベルとはエライ違い。まだまだお子ちゃま目一杯。審査員に何ヶ月かと聞かれ、ビセンスが嬉しそうに応えます。
「5ヶ月ですよ。二匹とも姉妹なんですよ、うちで産まれたね」

 さて、当然ながら今回はシニアの勝ちです。サルゥがふざけてはしゃいでいます。横で残念そうな顔をしてるフウ。構わないよ、とは言ってくれた息子ですが、
「ごめんね」
「いいよ。ベルはベルだもん。頑張ったじゃない」
「そうだよ、初めてなんだからさ。いい思い出じゃないか、自分達で出したんだからさ」
「うん」とは言いつつ、この時に家族全員の心に「ピッ」と一本筋が入った様に思うのです。その筋は細くはありましたが、鍛えぬかれた鋼の様に私達の姿勢を正すだけの力は充分にありました。ベルがシニアに劣っているとは思えない以上、それはいかに見せるかが問題だ、と言う事なのです。そして、エキスポジションに出し続けるという事は、想像以上に大変な労力を要するのだという事をよく認識しているマニュエルは、恐らく私達も今までの他の人たち同様に直ぐに出すのを止めてしまうのではないか、と考えたのでしょう。だからこそ、自分で出してみた方がいい、と言ってくれたのだと思います。大切な想い出として。自分の犬はエキスポジションに出せる資格がある、という記念として。きっと、こんな風に今も続いている事を彼らも私達同様、不思議に思っているのではないかしら。

lleida.jpg審査員が評価書を渡してくれました。ビセンスとマニュエルが早速それを見に駆け寄り、
「なになに。ヨシッ! ムイ・ブエノ(とても良い)だ」
「当然さ」
「仔犬クラスでの最高評価はこのムイ・ブエノなんだ。勝ち負けよりこの評価の方が大事。仔犬のうちは差が付き難いからね」と、祝ってくれます。オープンクラスではエクセレント(優秀)評価が最上との事。確かに仔犬のうちはその出自である程度の風格が出てしまう事が多く、難しくなるのはヤングクラス以降だという事が、後になって徐々に判ってきました。子犬以降の成長期に如何に「良質な食事と運動」によって体を作り上げていくかが、大きな岐路となるのです。

引き続いてオスの競技が行われます。これはメスの匂いに気を散らされるのを避ける為と、メスの方が辛抱強く待てるからだそう。何にせよ女は耐えている訳ね。レリダ在住のブリーダー夫婦がオスを2匹出していますが、一目でジョーに対抗できるようなオスではない事が判ってしまいます。だって、オスの成犬なのにベルより小さい! スポットが流れて繋がりがち。スポットが流れている、と言うのは黒いはっきりした形ではなく境界がぼやけた様に白毛と混じっているもので、全体がボケて見えるのです。また小さい流れたスポットが曖昧に続いて見えます。
「ちょっとクゥニーみたいだね」と、フウ。
「とてもエキスポジションに出せるような犬じゃないね。怖がって尻尾を股に入れっぱなしじゃないか」と、辛辣なビセンス。尻尾を股に入れっ放しというのも、人見知りが激しいと言う性格上のマイナスポイントなのだそう。極めポーズの時に、尻尾はあくまでも水平に止めて置くのが美しいとされています。確かにチャンピオンに対抗できる資格があるとは思えない、これは誰が見たって一目瞭然です。当然の如くジョーが勝ち、ダルの最優秀者に選ばれました。まぁ、当然かなという顔のビセンスを尻目にサルゥがまたまた手を打って喜んでいます。
「自分達は勝っても騒がないんだけどね、あんな風には」と、ビセンス。
「勝ち負けはね、その時の運だよ。審査員次第で変わるしね」と、マニュエル。イギリス・ダルクラブの洗礼を受けた彼らは、あくまでも慎ましく喜ぶのが礼儀と心得ている風。
「いいじゃない、嬉しいんだからぁ」と、二人を尻目にわざとらしくはしゃぐサルゥ。あはは。


lleida2.jpgさて、ここで休憩タイム、という事で持参のお弁当を広げます。私が持ってきたお握りと鶏の唐揚げ、卵焼きといった典型的ジャパニーズお弁当スタイルに、「おぉっ!」と、全員大喜び。夫が赤ワインを開けると、一気に宴会ムード。こういう楽しみがなくてはきっと続かなかったかも。フルーツ・ケーキまで仕上げると、可哀想に時差ボケの夫はほろ酔い気分でベルとベルの布団に丸くなって一緒にお昼寝。フウはフウでゲームボーイに走っていますし、仕方ないので私は色んな犬を見て回ることにしました。各犬種の最優秀犬は全犬種の競技が終わった後で、グループ毎の最優秀犬を決め、そして各グループの最優秀犬が集まって、その日の大会最優秀犬を選出する、という超ピラミッド選出方式なのでした。ですからグループ6の他の犬種もみんなライバルになってくる訳で、仔犬クラスと若者クラスもそうやって最後の一頭まで絞り込まれるのでした。それが始まる夕方の5時辺りまで時間を潰していなくてはいけません。おちびのライム(何故か初めて会った日から私にすごく懐いている)の手を取って、サルゥと色んな犬を見にぶらぶら散歩をします。サルゥは各犬種の名前を教えてくれるのですが、私の脳みそには右から左。
「これがスクゥビーかぁ」と、フウはお気に入りのアニメの夫公“スクゥビー・ドゥ”の実物を初めて見て、そのドゴーの見事な大きさに感動。色も茶色に黒ぶちだけではなく、白に黒ぶち、茶に黒筋、ブルーグレーと様々。特にブルーグレーの色合いの美しい事。こちらではドゴー・アレマンと言いますが、所謂グレート・デーンですね。
「こんな大きな犬、とてもピソでは飼えないわね」
「ほら、みんな運動量が足りないから身体が全然しまってないでしょ?」

 白テリアの所へ行くと、全員テーブルの上に乗せられて毛のお手入れ中。テーブルの下には何やら怪しい白い粉が。横を通るとタルカムパウダーの匂いにむせ返りそうです。
「あぁやってね白く見せるのよ。黒い犬なんか染めてたりするのよ。審査員が触っても色が付かないようにしなきゃいけないらしいわ。ああいう毛の長いタイプはほとんど美容師の技で勝負よね、だって身体の線なんか見えやしないし、歩くのだって箒で掃いてるようなもんだしね」と、サルゥはサルゥで面白おかしく色んな犬をコケにするのが上手いのです。こんなに色んな犬を見るのは生まれて初めて。プリントTシャツ屋さんもあって、フウと私はそれぞれ絵柄を選びました。夫とベルは相変わらずお昼寝に勤しんでいますし、ビセンスとマニュエルはというと、これがお喋りに余念がないのです。どうして彼らが椅子も何も持ってこないのか解りました。とにかく喋る。ひたすら喋るのです。特にビセンス。ちょっとはにかみ屋なマニュエルと違って、ビセンスは喋るのが楽しくて仕方がないという感じで、顔見知りを捕まえては喋っています。こうして情報交換するのも大切な役割なのかもしれません。そもそも彼らがエキスポジションに出すようになったのも、友人に誘われての事だとか。
「君達と一緒さ。その友達の犬はダルじゃなかったんだけど、一緒に来ないかって誘われてね。自分達の最初のダル、いい犬だったけどまだその値打ちが判らなかったんだ。フランスで買ったんだよ。車で仔犬を引き取りに行ってさ、やっと辿り着いた家は大きな農家屋でね、仔犬を引き取って直ぐ引き上げるつもりだったのに、食事をして泊まって行けって誘われたんだよ。まだフランス語も訳が分らなくてね、身振り手振りだったけど。真のブリーダーってそういうもんなんだなぁって」
「だから自分達もそうありたいと思ってるんだ」
「そのブリーダーとは今も友達付き合いが続いているんだよ」
 リブラ・カサノバの歴史の始まりですね。彼らはもう17年もダル一筋。一度ダルを飼ったら他のには目が行かないそう。解る気がします。決して犬好きではない私、ベルの事を犬と思っているのかも怪しいのですが、こんな可愛い子、本当に世界一よ、という親馬鹿振りを毎日発揮してここまで来たって言う気がするのです。

 さぁ、いよいよグループごとの選抜です。地方大会の場合は特に仔犬の参加は少ないので、まずは午前中に選出された全仔犬が集まり、いきなりその中で本日の最優秀おちびを選出します。残念ながらシニアはおちび軍団の3位にまでは選出されませんでした。そして本命ジョーの登場です。グループ6はといえば、バセットハウンド、ビーグルといったスペインでは結構ポピュラーな犬種と競合しなくてはならないので、
「ほとんど勝てないね。ポピュラーな奴の方が人気があるから強いのさ。それにこんなのはね、大概プロのブリーダーが勝つようになってるのさ」と、ビセンス。
「彼らは商売だからね、つるんでるんだよ、審査員と」
 ふーん、談合の世界みたいなものなのかな?
「大会の前の日に夕食に招待したりするんだよ、狭い世界だからね、ほとんど顔見知りだし」
「きっとあのビーグルが勝つよ。見ててごらん」と、マニュエル。ビーグルを連れている人は、ジャケットにネクタイ姿で、見るからに場慣れしている感じがします。ホント、言ってた通り、そのビーグルが勝ちました。
「どうして分るの?」
「あぁいうのがプロなのさ」


fu.jpgふ~ん、それから気を付けて見ていると会場には至る所に、何となくプロなのかなと匂わせる人たちが沢山いて、男の人はたいてい黒かグレーっぽいテレンとしたスーツにネクタイ、女の人もやはりパンツスーツ、腕に番号札をゴムバンドで止められる様にしています。人によっては色んな犬種を持っているらしく、次々番号を代えて出ていたりと、成るほど、これがプロのブリーダーかぁ。もちろんビセンスも今日はジャケットにネクタイ(ダルの絵柄の、しかもよれよれ)で、それなりに決めてはいますが、匂いが明らかに違うのでした。始めて垣間見た世界、犬を育てる事に情熱を燃やす人たち、それは家庭のペットという枠を越えた世界でした。しかし、だからこそビセンスの言う、「まず家庭のペットである事が大事」という言葉の重みがあるのだと思います。商業レベルでのみ創り出されるのではなく、家族として共に育ち目標に向かう事、なんだかベジェス達が目指す「ブリーダー」の本質が、少し分ってきた様に思うのでした。

 しかし、単純問題としてエキスポジションに出すという事は、犬にとっても飼い主にとっても大変な負担を要求されます。いかに「スタンダード=理想像」に近づけ育てるか、と言う日々の労力(食事と運動を基本とする)は言うまでもない事ですが、大会当日ともなればこんな小さな地元の大会でも丸々一日潰れる訳で、この間犬はほとんど何も食べさせてもらえません。朝食べてしまうとお腹がぽっこりしてしまうし、用を足す必要も増えてきます。そしてリンクに上がったらじっとポーズを決めて立っていなくてはいけません。大きな大会になると1時間以上もそれが続く事があります。犬にとっても厳しい要求がされる訳です。ペットとしてのんびりお家で暮らしていれば、こんな苦労をしなくてもいいんですものね。大会から大会へと連れて行く事、これがどんなにキツイ事か、私達も徐々に分ってくるのですが、まず日本から帰ってきたばかりの夫が時差ボケと、そしてやっぱり思うのですが負けた悔しさ(勝っていればそうでもなかった筈) から、疲れが頂点に達し、
「もう二度とエキスポジションになんか行くもんか!」と、フウに当り散らし、息子は息子でやはり勝った姿も見たい訳で、
「お母さん、お父さんがねもう二度と行かないって…」と、少し傷ついたみたい。きっとこうやって、もう続けられなくなっていくのが普通だと、今は他の人たちが一度だけ、二度だけで止めて行く気持ちも理解できるのですが、その頃は何て言うのでしょう、怖いもの知らず? いえ、何だかベルが来てから何となしに私達の人生の流れが変わってきたような、むろん良い方向へですよ、新たな風が吹き始めた気がして、それを塞き止めるのが嫌だったのかも知れません。私達は大きな流れの中に知らず知らず、ゆらゆらと頼りなくも小船を漕ぎ出して行ったのでした。