2匹目  ジャスミン・アンダルースは甘やかに

ベルが産まれた翌週の土曜日、私たちは早速彼女に会いに行きました。とは言っても、もちろん7匹の中のどの仔が我が家に来るのかは分りません。ベジェスたちも家にメスを1匹残す、と言っています。他の貰い手たちとの兼ね合いもあって、ちゃんと数が足りているのかも心配といえば心配。でも、とにかくとにかく見に行きましょ!


mama.jpg無事に出産を終えたディジーにはささやかな花束を、そしてお祝いのケーキを用意して。サルゥが飛び出してきて私たちを力いっぱい抱きしめてくれます。マニュエルもビセンスも、おちびのライムも笑顔で溢れ返っています。
「残念だけど1匹は死んでしまったのよ。次の日ディジーに潰されてね。仕方ないわよね、あんなに小さいんだもの」
「ディジーだって疲れてたんだよ」
「だから残ったのはオスが3匹、メスが3匹だよ」と、3人がそれぞれ話すので、またもや私の首は右に振れ左に振れ、相槌のために上下に振れ、と大活躍。
「もう、オスメスが判るの?」
「犬は簡単なんだよ、猫と違ってね」と、双子の一人。未だマニュエルとビセンスの区別がちゃんと付きません。取りあえずサルゥが「カリーニョ(愛しい人)」と呼ぶ方がマニュエルだろう、という大雑把な見当の付け方。今では、顔も声も全く違って見えるのに。

 私たちは階下のガレージの中を区切って作られている産室へと案内されました。もともとガレージの中に洗濯機や業務用の冷凍庫などのある小部屋が作られていて、そこが産室として使用されているのでした。ガラス窓から覗くとビセンス(だと後で判明)お手製のお産用ベッドに、いるいる、ディジーと6匹の白くてネズミみたいな仔犬たちが、おっぱいに喰いつきながら小さい後ろ足を懸命に突っ張っています。ディジーが私たちを見咎め、母親の警戒心も顕わに唸り声を上げます。外部からの面会者は私たちが初めてとの事で、ディジーが少し神経質になるかも知れないからと、まずサルゥがディジーを宥め安心させたところで、私たちも続いて静かに産室に入りました。産室には赤外線発熱器が当てられむっとするような熱さです。赤い光のせいで仔犬たちも赤く染まって見えます。鼻の先と耳に少し黒が現れ始めたばかりのちびダルたちは、口ばかりがでかくて桃色を帯びた白色哺乳便が乳首に吸い付いていると言った感じ。まずディジーにお疲れさま、と感謝の意を表し顔を近づけると、眉毛を少し上げて胡散臭そうに私たちの値踏みをしていた彼女、ついと私の鼻を軽く齧ってみせます。まぁ、いいわ。私の自慢の子供たち、見せてあげるわよ。

 手の平に載せると出来たて大福みたいに柔らかくて、皺くちゃで。開いていない目が皺の中にのめり込んでいる感じ。大人のダルは皆なすっきりと面長で貴族的な顔立ちなのに、これはどう見たって豚の赤ちゃん風。柔らかいピンク色のプラスティック粘土をくちゅっと手でそおっと潰したかの様。それにこの小さな小さな爪。かしゃかしゃと痛痒い。尻尾は体の大きさに比べてグンと太いし。
「キキの赤ちゃんと一緒だね」
「だんだん黒が出てくるのよ」
「知ってるよ、映画で見たもの」と、息子がふぅっと優しく言います。壊れ物のようなダルの赤ちゃんを潰しはしないかと、彼はなかなか手を出せないのです。「全然平気よ、抱いてごらん」とサルゥが励ましますが、やっぱり大事過ぎる宝物なのでしょう、何かちょっとでも痛くしたりしないか不安なのです。

「もう名前は決めたかい?」と聞かれて、私たちは「ベル」命名にまつわる歴史を披露しました。意外や、犬は反対と最後まで防御がきつかった夫が、とろけそうな笑顔で、満足この上なしと言った風情。
「いい名前だね、うちのベジェスにも通じるし」と、皆なが祝福してくれます。未だ白くて目鼻もつかないこの6匹の中の3匹のメス、うちどれかが我が家に来る訳ですよ、ね?
「一番可愛い子をあげるわ」とサルゥが目配せします。でも決定権はリブラ・カサノバの所有者ビセンスにあります。もちろんお任せです。私たちはどの仔でも構いません。
「メスの中でも一番白いのを残すつもりなんだよ」とビセンスが説明してくれます。彼らはスペインよりフランスのドッグ・ショーに出す事が多く、フランスのダル界でも有名な血統になっています。
「スペインにはまともなダルはいない。唯一インターナショナルとして通用するのは、我がリブラ・カサノバだけなんだ。いや、これは誇張でもなんでもなくて、本当のことだよ。この国はちゃんとした育て方をしていない。プロの商売人が育ててる失敗作のようなダルばかりなんだよ」と、ビセンス。彼らは優秀なダルを育てること、それははっきりと「ホビー」だと言い切ります。
「自分たちは他に何も趣味がないからね、テニスをしたりスキーをしたりするのと同じさ。みんなダルにつぎ込んでいるんだ」と、マニュエルも笑って言います。

 彼らはイギリスの血統が好みですが、イギリスは検疫制度が厳しくて彼の国のドッグ・ショーにはとても参加が出来ません。次にダル・クラブがしっかりしているのがフランス、ベルギー、オランダ等。その中で最も近い国がフランスです。バルセロナからフランス国境は2時間弱。首都マドリッドより近しい存在です。この国を見逃す手はない、という事で彼らはフランス・チャンピオンを歴代生み出しているのです。もちろんスペイン・チャンピオンにもなっていますが、どちらかと言うとフランスの方に目が向いている訳ですね。

hermanos.jpgダルの世界をもっと良く知るために、ビセンスは英語とフランス語を学び、多くのダル仲間を持っています。特にイギリスでは気心の知れた相手でなければ、良い血統の仔犬を譲ってもらう事は出来ないからだそうです。
 そしてやはり各国にそれぞれお国好みのようなものがあり、イギリスは何と言ってもまず「骨格」、そしてフランスはパリ娘のように小粋なのがお好みだそうで、顔にも身体にもマンチャが少ない「色白」好みとか。そしてほっそり小柄。これはイタリアもそう。モデルのように細くシナシナしてるのが好みだそう。それと笑えるのはドイツ。何よりも歯並びが重要で、歯が1本でも欠けていたらダメだとか。不思議ですね、それぞれの国柄かしら。概してイギリスではスポットはさほど重要視されない傾向にあり、フランス、イタリアが見た目を重視と言う点が、何となく納得。しかし歯並びとは如何に?

 さて、リブラ・カサノバのダルは、体型はあくまでもイギリス式で均整の取れたしっかりとした骨格が基本で、それにフランス好みのスパイスをちょいと掛けて色白好みにしています。コスモスも、ドゥルスバもディジーも、みんな色白で、特にドゥルスバは顔には一つ、小さく鼻のちょっと上にスポットがあるだけですし、ディジーは額のところにひとつ縦長のスポットがあって、それが顔を引き締めています。
「フランスに行くとみんな華奢でね。フランスのダル・クラブの会長が言うんだよ、友達なんだけどね、“どうしたらカサノバのような素晴らしい家系を維持できるのか。何か特別な技、秘密があるに違いない”ってね。そーんなものあるものか。良い食事とたっぷりの運動。これだけだよ。特に食事は大事だね。獣医の意見なんか真に受けてはいけないよ、彼らだって商売だからね、みんな乾燥フードが良いって言うに決まってるさ、お礼が貰えるもんね。だが、考えてもごらんよ、あんなポソポソしたものばかり朝晩食いたいかい、フウ? そうだ、嫌だろ。ママの美味しい食事の方が良いだろう? うん、そうさ、それと同じで犬だってちゃんと作ってもらった暖かい食事の方が嬉しいに決まってるよ。だけど、残り物じゃダメだよ。昔は犬の食事は残り物と相場が決まっていたけど、それじゃあ栄養豊かな全うな食事とは言えないよ。自分たちは経験に基づいた餌を作っているんだ」
 しゃべり出したら止まらないビセンスの話を聞きながら、私たちは首を振るかどうにかフンフンと相槌を打つかが、やっと。何しろ圧倒的に玉数が違います。最新式連銃対大昔の火縄銃と言う感じで、ビセンスの口に寄り付けない蝿が、我々のぽかんと間延びした口に入りかねない有様。ぽかりと開いた口もそのまま、私は彼らの手作り餌を見せてもらうことにしました。何事も学習です。
「朝は乾燥フード。銘柄はHill’s かEukanuba。夜はこれを食べさせるんだ」と、マニュエルが見せてくれた大きなスパゲッティ用の寸胴鍋には米、ショートパスタ、人参、青菜が山のように煮込んであります。ちょっと味見をします。ほんのり塩味が感じられるかどうか。それにしても大量です。
「いやいや2日分だよ。なんせ4匹もいるからね。それでこの中にこれを混ぜるんだよ」と、見せてくれた別鍋には何やら肉のミンチが煮込んであります。
「これは鶏ミンチでね、大手スーパーで犬用に冷凍で売っているのを必要に応じて煮込むんだよ」
 う~ん、なるほど。穀物、野菜、肉。バランスの取れた食事です。
「とにかくダルは良く食うんだ。食費がたっぷり掛かるから覚悟しておいた方がいいよ」と、マニュエル。食事を作るのは彼の係りだそうです。そして掃除や大工仕事、庭仕事はビセンスの係り。彼らは庭に小さな畑も作っているし、鶏も飼っているしで、
「なんだかんだ仕事が多くてね。サルゥは子供の世話だけさ」
「そんなことないわよ」と、反論するサルゥに構わず、
「犬たちを散歩に連れて行くのも自分の仕事だし」と、ビセンス。掛け合い漫才のようですが、結構きついことを言ってます。男の場合は小姑とは言わないのかな?
「散歩はいつ連れて行くの?」
「仕事から帰ってきてからだから、夕方の6時辺りからだね。裏山に1時間半ほど行くんだよ。まぁ、庭が広いからここで走り回っているし、朝は必要ないんだ。用は庭で足せるしね」
「でも、冬は暗いでしょう?」
「慣れっこだよ。懐中電灯を持っていくけど、犬たちは勝手知ったる自分の裏山だしね。その間にマニュエルが食事を作るんだ。ずっとそうしてきたんだよ、二人で」
「そうそう。何もかも折半でね」と、マニュエル。本当にこの二人は仲がいい。わぁわぁやりあっていますが、ビセンスが一応兄貴分で舵取りをして、マニュエルが女房役、と言う感じです。

 さて、3週間するとうっすらとスポットが浮き出てきて、目も開き始めました。お産ベッドは産室から移されてサルゥたちの寝室に置かれています。丸々太った6匹が、お腹がくちくなって一塊になって眠っている姿ときたら、何時までも見飽きるものではありません。柔らかいビロードの赤ちゃんたち。私はフウが赤ちゃんだった時の事を思い出しました。眠っている顔をただ眺めているだけで満ち足りていた日々の事を。口元がぴくぴくしています。おっぱいの夢を見ているのかな。

 この日、私は籐で編んだ小さなピーナッツ籠にタオルを敷いて持ってきました。仔犬たちの匂いをつけて帰り、我が家のつわもの猫たちに慣れさせようという魂胆です。仔犬たちはそれぞれにベジェス家の呼び名がつけられており、週毎の体重が表にして張ってあります。私たちには見分けのつかないこの6匹の中からサルゥが柔らかいお豆腐を掬い取るような手つきで一匹を抱き上げ、
「この仔がベルよ」と、息子に差し出してくれました。これがベルとの初めての出会いです。
「私たちはこの、一番大きくて白っぽいのを残す事にしたのよ。ベルは一番スポットのバランスがいいわ。小さく生まれたけど順調に育っているから、何の心配も要らないわ」

 ベル。目は未だ完全に開き切っておらず、薄い膜が目に掛かっています。小さなスポットたちの中で、額にディジー譲りのスポットがあります。籠の中にいれるとぷよぷよと頼りなげに腹ばいになって動いています。
「今度はカバの赤ちゃんみたいなお口になってるね」
 写真を写す為にフウが抱き上げると、柔らかいピンクのお腹を空に向けて、足をピコピコ蹴り上げています。早く名前を覚えるように何度も何度も「ベル、ベル」と呼びかけます。でも、他の仔たちの中に戻すと私たちには未だどの仔がベルなのか見分けがつきません。みんな本当に白くて、小さなスポットが可愛いのです。中に丸々と大きなオスとメスがいます。そのメスがベジェスの家に残る生え抜きなのです。ディジーはもうお客慣れしたのか、あまり気に掛けていないようですが、とてもしっかりとしたママ振りに、思わずうっとりしてしまいます。

 さて、家に帰って猫たちに早速ベルの匂いの付いているだろうタオル(私たちには分りませんが)を差し出すと、実にいやぁな顔をしています。そもそもこの2匹のシャムネコたちは、それぞれが元の飼い主の手から離れて我が家にやってきた子達で、メスのキキが7歳、オスのフェリックスが10歳です。キキは友人のアデへのお誕生日プレゼントとして職場の仲間が贈った(本人の承諾なしに生き物を贈るというのは何ともすごいやり方だと、私なんかは思うのですが)猫で、暫らくオフィスで飼われていた事もあったのですが、アデの家にいる先住者の2匹の猫に受け入れてもらえず、ちょうど飼っていたペルシャがいなくなって意気消沈していた私の元へ、いきなり玄関口で「ポル・ファボール(お願い)」と差し出されたまま、我が家の猫になっています。生後4ヶ月くらいでしたっけ。ところが同じ年、92年です、オリンピック終了後日本へ引き上げる事になった日本人の若い夫婦が、飼っていた猫を連れて帰れず引き取り手を探している、貰ってやってくれないかと、アデともう2人の友人から電話があり、これまた「ポル・ファボール」で引き取る事に。結局この日本へ引き上げる夫婦とは直接会う事もないまま、我が家へ彼らのフェリックスがやって来たのです。彼は既に3歳半。猫としては青年です。この歳で捨てられたのですから(元飼い主は何と言うか分りませんが、連れて帰れない状況を知りつつ飼うのはルール違反だと、私は思います。これは確信犯とも言うべきものです)フェリックスも可愛そうですが、またこの元飼い主が文字通りの猫可愛がりをして、「危ないからとバルコニーにも出したことはございません。鶏のササミを食べさせておりました。去勢手術なんてそんな事、可愛そうで出来ません。そのまま育てて下さい。他の猫には自分の親以外会ったことのない箱入り息子でございます」という触れ込みだったから、これはスゴイ。我が家に来た日にサカリが付き、無邪気に遊びましょ、と近づいたキキは哀れなものでございます。こうして7ヶ月のキキと3歳半のフェリという、歳の離れた夫婦が出来あがったのでした。なんだかんだ早いもので7年、家族として暮らしています。どちらかと言うと我が物顔でのさばっている、とも言えます。


yaya.jpgさぁ、そこへ何だか嫌な匂いが持ちこまれようとしているのですから、まぁ彼らの気持ちが分らぬではありませんけどね。特にフェリックス、これはオスのくせに女々しいところのある奴で、キキが初めてのお産で仔猫を2匹産んだ時、皆なの関心が我が子に行き過ぎたショックで病気になるという、そう言う気の引き方をする危険なところのある猫。キキはキキでかつて犬の鼻に齧り付いて、空気漏れの犬を作ってしまった女傑。心配です。実に不快気にタオルを見るその目つき。う~ん、思いやられる未来。でも、ベルは可愛いし…、と見てきたばかりなのにもう恋しいのでした。

 さて5週目。今回は友人のアデ夫婦と1歳半になるパウラを同伴。パウラはちょっと怖い。何がと言って1歳半なのに3歳並みのパワーがあり、更に怖いもの知らず。仔犬たちのベッドの中に座らせてもらってご機嫌な彼女、慣れるに従って本領を発揮し始め、ぎゅっと掴まれた仔犬たちはパニック状態。未だ声にもなりきらない悲鳴を「キュウキュウ」とあげており、フウは早速ベルを自分の腕の中に避難させます。両親のアデとパブロは仔犬とベジェスたちとの話に夢中で、パウラは放ったらかし。これってスペイン人によくある事だけど、誰かが見てくれると言う気持ちからなのかしら、それとも何をしても子供は許されるという親独特の甘え(甘やかしではなく)からなのかしら。事故があったらと、ハラハラするのは私たちばかり。速やかにベルを退避させるフウはやはりスペイン人を良く知っている?

 仔犬たちはと言うと、スポットがはっきりし始めそれぞれ判別がつきやすくなりました。ベルは耳が割としっかり黒で、左目の下と口元にもスポットが入り始めています。お腹は柔らかいピンクでぷにぷに。
「何だか垂れ目っぽいね」と、夫。ディジーはお客慣れはしたものの、子供に対してはやはり過敏に成らざるを得ないようで、パウラに対しては時々唸ったりして警戒心を示しています。当然でしょうね。お産ベッドの淵をよろよろと乗り越え、仔犬たちも動きが活発になってきました。
 わぁわぁと例に拠ってベジェスたちと話し込んでいると、もう1組のお客が賑やかに到着しました。もう一匹のメスの買い手だそうですが、ミンクのコートと言う何とも場違いな格好で到着したのは初老の夫婦とその孫たちで、仔犬を見に階下に降りると大騒ぎが始まりました。私たちはそれを汐に引き上げたかったのですが、
「彼らは直に帰るから、お茶でも飲みましょうよ。せっかくケーキを焼いてきてくれたんだもの」とサルゥに引き止められ、アデたちはパウラが仔犬を見て喜んでいるのが嬉しいのでもっといたがります。サルゥの言う通り彼らは見るものだけ見るとすぐに引き上げていきました。お茶を飲みながらサルゥが語ったところによると、彼らは以前からカサノバの仔犬を欲しがっていたそうで、それは良いのですが…、どやどやと香水の匂いもぷんぷんと押しかけてきて、
「おまけに毛皮なんか着て!」
「クルエラみたいね」と私。クルエラって言うのは映画「101ダルメシアン」の中のあの怖い女性の名前です。ま、大騒ぎでやってきて言うことには、「あ、うちはこれね、これが良いわ」と、一番スポットの多いメスを勝手に選んだ、との事。
「どっちにしたって、ベルはあなたたちにと決めてるからその仔しかないんだけど」と、サルゥはチョットムカツイタゾ、と言う顔をしています。
「犬の家に来るのに毛皮を着てくるなんて信じられない。インクレェイブレ」と、怒っています。この人たちが良い印象を与えなかったのは確かです。先客の私たちに対しても、「あ、そっ」と言う態度だったし。いわゆる“ヌエボ・リコス(成金)”の異臭ぷんぷんたるものが感じられ、後にその印象がいかに正しかったが証明される事になります。

 ところで、スペインと言うマッチョ思想のお国柄を反映してか、メスよりもオスを求める人が多いそうです。
「馬鹿げた事さ。メスの方がうんと頭が良いし扱いやすいのにね。オスはサカリのシーズンになると大変だよ、ずっと見張っていなくちゃならない。逃げ出そうものなら大変な事になるからね。ジョーも1度裏山で何処かに行っちゃって、一晩帰って来なかった事があるんだよ」と、ビセンス。この頃からどうにかビセンスとマニュエルの区別がつき始めました。話の様子からして彼らは私たちとほぼ同年代の様です。サルゥは実はもっと若そうですが。

nuevayaya.jpg さて、彼らの家ではメスのサカリ期対策として、オスメスが隔離できるように離れの小屋が作ってあり(今はコスモスが静養中)、子宮摘出手術をしてしまったドゥルスバは問題ないとして、ディジーがサカリ期に入ると離れに移されるそうですが、この隔離期間ジョーはずっと悲しげに泣いて食事を摂らなくなるとの事。深刻な恋の病ですね。
「隔離できる場所がないとオスメス一緒には飼えないよ」
 それはそうでしょうね。友人のマリア・アントニアもシェパードのオスとハスキーのメスを飼っていて、どちらも避妊手術をせず、サカリ期にはオスを兄弟の家に預けると言ってました。避妊手術をしない人は結構多いようです。
「避妊手術をした犬はエキスポジションには出せないんだよ。オスはちゃんと二つのタマタマを持っている事、と明記してあるしね。つまり、血統を残せない犬には資格がないんだ」との事ですが、エキスポジションに出すつもりのない犬は避妊をした方が問題はないように思うのですが、あえて手術をしたがらない人が多いとの事。
「分るような気がする」
「怖いからその話止めようよ」と、我が家の男どもはその話題に触れたがらないけど。

 バルセロナの最も寒さが厳しい2月が過ぎようとしていました。一番小さく生まれたというのが気掛かりではありましたが、サルゥ曰く「とても良く寝る子」だそうですから、諺通りベルは順調に育っており、7週を迎えた時にはぴょこぴょこと飛び跳ねるように兄妹たちと遊びまわっていました。この二、三日前にお祖父ちゃんのコスモスがなくなりました。享年12歳。スペインチャンピオンだったお祖父ちゃんは、庭の一隅に埋められています。
「清掃局になんて任せられないわ」と、サルゥ。庭があるって、羨ましい事ですね。

 動き始めた仔犬たちにはもっと広い場所が必要です。しかも母乳から離乳食へと切り替わってきており、うんちのために庭に出る必要もあります。そこでお祖父ちゃんのいた離れに昼間は移され、そこから庭に出て遊べるようになっています。勝手に犬が入れないように柵がありますが、これは下の部分にカナリア小屋がある為。小屋の中は土の床で真ん中に木が立ててあり、止まり木の形になっています。上には梁が渡っていて、猫好みに仕立ててあるそう。チャンピオンのヒマラヤン“キリ”の遊び場? でも、キリはチャンピオンらしからず、そこら中をうろついていてあまり家にはおらず、餌と寝る場所の確保だけしてるみたい。

 今や動き回れるようになった6匹のチビダルたちは、噛み付き合ったり飛びついたりと大忙し。ベルも元気に遊んでいます。この頃になるとやっと各個体の特徴が出始めて、性格も出来てきたようです。とても良く寝る子のベルは、「性格の優しい子よ」と、サルゥが言います。フウは一時もベルから離れたがりません。床に座ってベルと遊んでいるフウに、一斉に他の子達も飛びついて、やれ靴紐を齧ったりズボンの裾を引っ張ったり、髪の毛からほっぺまで舐められ放し。他の子を踏みつけよじ登ってくる子までいます。
「ほっぺが痛い」と、舐められ過ぎのフウは、首をすくめながらも逃げようともしません。中にひときわ大きくて人懐こいオスがいます。ベルと比べると二回り程も大きい。この子は一番のやんちゃ坊やで、さっきからフウを独占しようと両足でしっかと立ち、逃げられないようにフウのお腹を前足で押さえ込んで顔を舐めまくっています。あとでほっぺに触ったら薄いサンドペーパーで磨かれた状態になっていて、すっかりざらざら。それでも、嬉しいのね。ベルとこの子はスポットの入り方がよく似ています。両耳とも黒が勝っており、スポットがバランス良く配合されています。一番大きく生まれたこのオスは、ピネダ・デ・マールに住む若い夫婦のところに引き取られるとか。彼らは以前もカサノバのダルを持っていて、今回の出産を待っていたとの事。
「一度ダルを飼うとね、他の犬には目がいかなくなるんだよ。サン・クガットにもうちの家系のが一匹いるよ。ベルとはハトコくらい、かな? 前はもう一匹別な家にもいたけど死んじゃってね、どうしてもダルがまた欲しいからと電話してきたんだけど、この子達が生まれるまで待てなくてフランスのを買っちゃったんだよ、僕たちが紹介してね。だからその待ちが空いて、君たちの処へいったのさ。この間彼らが仔犬を見に来たんだけど、自分たちの買ったのとは全然質が違うって言ってたよ、忠告はしても待てない人たちが多いんだ」

jo.jpg う~ん、やはり私たちはラッキーだったんですね。今回生まれた6匹の、オス三匹メス三匹のうち、それぞれ一匹ずつ両目の色が違う、茶と青という子達が出ました。オスは、一匹がピネダ・デ・マールのスペイン人夫婦、もう一匹はイビザ島に住むイギリス人夫婦(彼らもずっとオスのダルを常に2匹飼い続けているダル友だそう)、そして両目の色が違うもう一匹は父親のタチョの家に行く事になっています。掛け合わせた場合、オスには掛け合わせ料が支払われるのが普通ですが、今回は仔犬を一匹引き取りたがっているそう。
 そしてメスは、最も白っぽいのがベジェス家、ベルは我が家へ、そして一番スポットの多い子が両目の色違いだったのですが、これが例の「毛皮婦人」の処へ、と決まっています。この三匹のメスの中では贔屓目かも知れませんが、ベルが一番可愛く見えます。
「一番可愛いのをあげる、って言ったでしょ」と、サルゥ。嬉しいです。
「残念だけど、目の色の違う子達には血統書は出せないんだ。もちろんペットとして飼うのに何の問題もないよ、でもエキスポジションには出せない。両目とも青い目というのがいてね、もともとは欠陥として出たんだけど、アメリカではそれを作り出すのもいて血統書まで出るんだよ。あそこは何でもありさ」

まだこの時点では私たちは無邪気なもので、これがどんなに大変な事への入り口か知る由もありませんでした。エキスポジション?
「ねぇ、ところで血統書の名前はどれがいい? 今回はみんなGで始まるのよ。判らなくなると困るからお産毎にAから使って区別してるの。女の子は花の名前よ、GESAMIかGLICINIA。好きな方を選んでいいわよ」
 そうかぁ、血統書が出るんだ。私は大好きなGESAMI=ジャスミンにしました。GESAMI DE LA LLIBRA CASANOVAこれがベルの血統書における正式な名前です。長いね。でもこのGESAMIはカタラン語で、スペイン語ではJAZMIN。スペイン・ジャスミンと呼ばれる大型の花弁を個々に咲かせる種があって、これはその香りの濃厚さから夜、寝室に飾っておくと眩暈がするほど蟲惑的なのです。夏のアンダルシアの浜辺には、この花弁を竹串に1個1個刺して作った花束を恋人たちに売りに来る人たちがいて、その甘やかな香りと夏のヴァカンスの、何とも言えない気怠さとがとても似合って、この花の俗称を“ハスミン・アンダルーサ”と呼ぶのは、誰しもがヴァカンスの余韻を愛するせいでしょうか。そして、実はこのカタラン語というのもチョットした曲者なのですが、それはまたおいおい話す事にしましょう。

 さて、ただいまマドリッドのスペインケンネル協会に申請中という血統書のコピーを貰い、親子三人舌を噛みそうになりながら名前を覚え様とはしますけど、ベルはベルでいいじゃない、と言う気持ちなのでさほど真剣ではありません。ベジェス家に残る子はこれで自動的にGLICINIA=藤と決まりました。お鈴にお藤だぞ。もちろんお藤ちゃんはいずれベジェスたちが呼び名を付けると思うけど、今のところまだ決まっていないみたいです。

 私たちはこの隔週毎の訪問で、いつの間にか持参のケーキでお茶を頂くのが習慣の様になっていました。ケーキは私のお手製です。大振りなカップでたっぷりとお茶を頂きながらベジェスたちの大海原の如き会話に翻弄されつつ、次第に私たちはダルの世界への扉が開かれていくのを肌で感じました。本来ならこんな優秀な血統のダルは、それなりにエキスポジションを目指す人たちの処へと引き取られて行くものなのでしょう。それなのに何にも知らない私たちが自分たちから扉を開けようとした訳でもなく、何故か扉が自然に開いて招じ入れられたような具合に、ダルの世界に導かれていくなんて、思っても見ない事でした。ケーキを食べている私たちの側にはジョー、ドゥルスバがぴったり張りついています。子供にあまり手の掛からなくなったディジーもいますが、彼女はその名の通り何とも可憐気に大人しく控えています。何を期待してるのかな? 何とかおこぼれを頂こう、もしくはちょっと失礼しちゃおう、と言う無言の構え。椅子と椅子の間に納まり頭を机の上に乗せつつ、虎視眈々とお皿だけを見つめています。

 特におねだりの凄いのはドゥルスバお祖母ちゃん。一番狙いやすそうなところ、つまり私とフウの間に来て時々「ウゥッ」と、脅すように催促します。
「怒ってるんじゃないんだよ、早くちょうだい、って言ってるんだ。でも、一匹にやったら他の子達にもちゃんと等分でやらないとダメだよ、あ、ダメダメ、そんなあげ方をしちゃ!」
 指でフルーツケーキをひと摘みあげようとしたら、私の手はそのままジョーの口の中に! 微かにですが歯が当たって、痛くはないけどびっくり。真実の口じゃないけど、丸々戻ってきて良かった。
「そんな風にあげちゃダメだよ、危ないからね。こうして手の平に乗せてやらないと」
「あ、ドゥルスバが!」
「一番食い意地が張ってるんだよ。泥棒するのがうまいんだ」
bell.jpg ちょっとした隙を突いて「シー・イズ・ア・スター」のドゥルスバがパッと咥えていくし、自分も自分もと狙ってるジョーは張りついてるし、油断大敵です。それに引き換えディジーはちゃんと待っています。指であげても楚々とした感じで優しく食べます。これはベジェスのダル一家の中で一番の若年者だということを弁えているからだそう。犬の世界ではなんといっても年功序列。オスメスよりも優先するとかで、この家で一番発言力があるのはコスモス未亡人のドゥルスバ、と言う訳。ディジーはお乳を上げるためにたっぷり食事をもらっているせいもあってか、余裕の感じです、それにしても仕草がフェミンニン。甘やかな動き、そして何とはなしに目許が寂しげに見えるのが、男心を妙にクスグル、ちょっと儚げな感じでしたが、最近は良きママ振りを発揮してグンと頼もしい感じがして来ました。

 そしてベジェスたちの会話といったら。右でマニュエルが何かを言えば、必ず左からビセンスがそれを補足するといった感じで、音、音、音の洪水。彼らの話題はダルから政治までと果てしなく続き、「親子三人、長閑な食卓」と言うものに馴れ切っている私たちには、右を見て納得したり、左を見ては狐に抓まれたりと、その目まぐるしい事と言ったら。その賑やかさが心地よいバック・ミュージックとなってか、夫は最後は何時も肱掛椅子でウトウト。フウは庭で遊び、残された私が三人に必死で対応するという形がいつの間にか出来あがってしまいました。そしていつか、こう言う会話の積み重ねから自分でも知らないうちに「カサノバのような素晴らしいダルに育てたい」と思う様になっていったのです。それは血統書付きの犬が大事だとか、自分の犬が一番だと自慢したいとか、そう言った事ではなく、もっと単純に心の奥底の、自分が産んだ子供と同じレベルの「まず何よりも幸せでいて欲しい」と言うところから来ているものだと思います。ただ無事に、健やかに幸せに。ベルが健やかで幸せでありますように、と言う祈りがまずあり、そしてそれが私たちにとっての幸せでもあるのです。
「犬はいくつまで生きられるのかな。ベルもドゥルスバみたいに長生きして欲しいよ」
 息子のこの言葉こそが全てだと思います。私たちはベルを心から待ち望み、必要とし、愛しているのです。人と犬との幸福な時間を、人生を分かち合いたいのです。もう既にベルは私たちの家族、大切な娘となっていたのです。