19匹目  スペイン・チャンピオン?!



 さて、3月に入るとめっきり春めいて来ます。後10日程でイギリスのクラフト大会、という時になって、ビセンスから緊急の知らせがきました。今イギリスを揺るがしている 「口蹄疫病 」の為、馬のエキスポジションが中止になり、クラフトも危ない、とマイクが知らせてきたと言うのです。飛行機の予約も全て整い、久し振りのイギリス旅行を楽しみにしていた私たちはハラハラ。延期にしろ日程が判らなくてはチケットを変更する事もできません。結局1週間前になって代替日程は未定のまま延期とだけ決まり、安売り航空券は払い戻しが効かず変更のみの為、クラフトとは関係なく行くかどうするか悩んだ挙句、ビセンスが8月にあるダル・クラブの本大会に、夏のバカンスを利用して行こうと提案し、航空券を変更したのは出発予定日の前日という慌しさ。
cama.jpg「久しぶりにクラフトを見に行こうと思ったら、この様だ。でも、夏のダル大会なら問題はないだろうし。もっと日程が取れるからね 」と、約2週間のバカンスをイギリスで過ごす事になったのは、良かったのか悪かったのか。この時点ではまだ判らない事でした。しかし、思いがけないところで 「口蹄疫病 」のトバッチリを喰らうとは…。

仕方ないので今年のセマナ・サンタはスキーに行く事にします。昨年はベルを連れてお泊まりしたのですが、今回はベジェスの所に初めてお預けします。まぁ、二泊ばかしですし…。後追いされて、少し気が咎めますが…。
 スキーは毎年スペインとフランスに挟まれた、ピレネー山脈の中の小国アンドラへ行く事にしています。この国は免税王国で、通貨はスペインのペセタとフランスのフランが流通しており、クリスマスシーズンは国を越えての買い物客で賑わいます。以前はスペインでは物資が不足していて高価だったので買いに来る値打ちがありましたが、今はさほどでもない様です。酒、タバコ、乳製品は安い様で、特にタバコはアンドラでライセンスを取って栽培生産している、唯一の産物。本物のマルボロより味が落ちる、と言う人もいるようですが、この安く買える煙草が密輸タバコとして大量にスペイン、フランスに持ち込まれ大きな社会問題ともなっています。この密輸タバコを満載したトラックが無灯火で深夜のピレネーを超えようとして、国家警察との追跡劇を繰り広げ事故を起こすというケースも増えています。こうして持ち込まれた安いタバコは1箱ずつ、たとえば駅周辺で移民の人たちによって売り捌かれています。まぁ、密輸というのは需要があるから成り立つ訳で、これが根絶される事はないでしょう。 

ところでアンドラはカタラン語、スペイン語、フランス語が使用されています。これはもともと、この一体はかつてカタラン領であり、カタラン語が話されていたのですが、仏西によって新しい国境分割が行われた時に、アンドラ公国としてスペインとフランスの統治を受ける形で分立(?)し、しかし正式に国として独立したのは数年前だった様に思います。ですから、両国の貨幣制度、言語、学校制度がそのまま持ち込まれています。ただ、3カ国語が使用されているからといって、アンドラ人全員が3カ国語話せるかと言うと、そうでもありません。この国には大学がないので、大学はスペインかフランスの大学へ進む事になっていますが、小中高をどちらの教育制度で受けるかで当然進路が違って来ます。アンドラに住む友人の子供はフランスのリセに行っており、フランス語しか話しません。カタラン語もスペイン語も授業で習うだけで、日常的に使用しないので、彼らにとっては外国語です。フランス国境寄りに行けばフランス語しか通用しないし、免税店もフラン表示のみになっています。逆にスペイン寄りに行けばカタラン語、スペイン語だし、ペセタ表示のみです。山の中でこれと言って何の産業も持たないアンドラは免税王国として生き延び、今はEU統治で揺れています。何故ならやがてユーロに切り替わり、ペセタもフランも消えてしまえば、自国の貨幣制度を持たないアンドラは宙に浮いてしまうからです。ですから独立をし、ユーロ導入へ移行する準備を進めざるを得ません。また、この国は不正な税金逃れの為に銀行が繁盛しているのですが(有名なテニス選手やオペラ歌手が住んでもいないのに住民登録をし、脱税していると言うので税務署の査察が入った事もある)、ユーロ切り替えでこれも揉めそうです。

そう言えばホテル・カルドスの創始者である、シントの曾お祖父さんはアンドラ人で、カルドス渓谷の女性と結婚、移住しホテルを開いたそうなのですが、アンドラは国として成立させるために人口を確保する必要があり、アンドラ国籍を持っていた人の子供は他国に住んでいようが国籍を与えるという方式で、人口数を稼いでいたそうです。ですが最近はこれ以上ペーパー国民が増えても困るというので、制限を与えるようになってきた、とシントが言っていました。
「トイとパウはアンドラ国籍を持ってるけど、コロマはないんだ。女房も申請してるけど、住居を持っている事とアンドラの歴史とかの試験に受かることの条件があってね。試験は受かっても、住んでいないからね。もちろんアンドラにピソは持っているんだよ、でも検査官が本当に住んでいるか抜き打ちで調べに来ても、いた例がないからね 」と聞かされて、それでアンドラナンバーの車があるのかと、納得。アンドラでは関税がかからないので車天国なのですが、国籍もしくは居住権がないと買えないのです。
 雄大なピレネー山脈を眺め、解放された思いで下界に降りると、サン・クガットは春真っ只中。麦の緑が美しく、ベルは海に入る時の様に口を開けて、緑の波の中を思いきりザバザバと入って行き、軟らかい葉をむしゃむしゃ食べ放題。森には野生のアスパラガスが出始め、主人は‘アスパラ目’になって、藪という藪を覗き込むのに余念がありません。何本か見つけると、早速それをマニュエルに教わったトルティージャにして、ほろ苦い春の味を頂きます。春は気忙しいのでした。もう直ぐ蕨も採りに行かなくてはなりませんし。今しか見られない野の花を見逃す訳にもいきません。蓬も摘まなくては。あぁ、忙しい!

 そしてダル・クラブの会則などの添削を任せているビセンスも突つかなくてはなりません。イースターの春休み中に一日ベジェス家に押しかけて、私の目の前でやらせるしかもう残る手段はなし。でなければ常套手段の 「時間がない 」の一言で3,4年は楽にやり過ごされてしまいます。食事の後、フウと主人がハンモックで気持ち良さそうに昼寝を楽しむ中、私はビセンスの首根っこを捕まえ、書類全てに目を通させました。事前にチェックすべき点を言ってあったにもかかわらず、ちゃんと全部を読んだのは今日が初めてという有様。だから油断も信用も容易くは出来ないのです。
「いやぁ、時間がなくってね 」
「本当に君がいなかったら、とてもじゃないけど纏められなかったよ 」と、頭をかくベジェスたちに更に追い込みをかけます。
「スタンダードの規定を書かなくちゃいけないわよ。大きさはどうするの? 」
「それは僕が書くよ。サイズはイギリス式とばかりはいくまいし、幅を持たせるしかないね 」と、ビセンス。これがこの先のスペイン・ダルを決定付けていく大きな指針となるのです。フランスやイタリア系のダルが多いスペインでは、それを無視することはできません。サイズ規定は幅を持たせるしかないというビセンスの言葉は正解です。私たちはイギリス系を旨としていますが、クラブとしてそれ以外は認めない、と言う訳にはいかないのです。チェックの終わった書類を訂正し、大急ぎで再度仕上げなくてはいけません。何故って、もうバルセロナ大会が目前なのです!

revista.jpg 待ちかねたバルセロナ大会直前、ちょうどタイミング良く愛犬家の雑誌にサラゴサ大会の写真が掲載され、お立ち台に座るベルが出ています。彼の審査員とビセンスを両脇に従えた女王様のお姿! これはもう早速皆に見せなくては! 今年は会場が変わってサン・クガットの直ぐ近くで開催なので、ちょっとのんびり目に出かけます。ところが会場はひどいオーガナイズで、駐車場代を申し込み時に取っておきながら、既に朝の9時に駐車スペースはなく、ぐるぐる回って何とかと場所を見つけ会場に入ると大きなテントがひとつ張られ、その中に幾つかのリンクが設定されているのですが、ダルのリンクは外になっています。土のリンク。しかも時折強い風が吹き砂埃が舞い上がるという、これがカタルーニャの一番大事なインターナショナル大会、冗談でしょ!という感じなのです。
「会費ばかりとって、これはないよな。会計係の不祥事なんか自分達で処理しろって言うんだよ 」
「こんな埃まみれの所でやるなんて! バルセロナがスペインでは一番フランスやイタリアに近いんだから、もっとちゃんとインターナショナル大会として頑張るべきなんだよ、なってないね 」
 晴天で影がなく、私達はテントの傍の僅かな影に席を取りましたが、座ったりしたら埃で色変わりするからと、ベルはずっと立たせておかなくてはいけません。ところがそろそろダルの審査も近づいて来たというのに、キティとペカスがまだ現れません。ヤキモキする中、やっとビビとデビッドの姿が見えました。もうダルのオス、ヤングクラスが始まるところなのに、ペカスが来ない! 彼もサン・クガットですから家から近いのに…。とうとう開始の合図がありました。ブラッドがリンクの中に入ります。ブラッドの審査が終わったところに、ペカスを連れてルイスが到着しました。しかし当然ながら開始時間の10分前にはリンク脇に待機する事、という大会規定を守らなかったのですから審査を受ける資格はありません。それにしても普通に来ればルイスの家からはものの20分程で来られる筈なのに? 
「この間、勝てたから天狗になったんじゃないのか? 」
「でも出なくて良かったわ 」と、サルゥ。
「ペカスのあのひどい皮膚の状態じゃ、とても勝てないもの 」
 そうです、ペカスもまたダル特有の茶色の斑点が出て、毛質が荒くすこぶる悪い状態なのでした。見るも無残といった感じ。不思議な事に、ベルはこのトラブルに悩まされる事はなく、彼女の毛質は常にしっとりと、太陽を浴びると白が銀色に光り輝いて見えるほどなのです。ディジー・ママも、同じ時に産まれたシニアも問題はないのに、異母弟妹達は、イダもブラッドもイネも、そしてペカスもこのトラブルを抱えています。プロテインの摂取量によると、以前ベジェスが教えてくれたので、一時猫の餌を盗み食いしたり、餌に鶏のレバーを混ぜたりした時にはベルにも斑点が出てしまいましたが、それを取り除いてからは悩まされる事はありませんでした。ルイスがしきりにぶつぶつと言っています。迷ったらしいのですが、まぁ…、
「サルゥが口だけで説明したんだったら、あり得るわね 」
「でも、デパートの横だぜ 」
barecelona.jpg サルゥは連絡係を務めていて、今回皆を参加に持ちこんだのも彼女のパワーによるのですが、どうも肝心の所が抜けやすいので困った事になってしまうのです。その辺りが分って来た私達は、とにかく確認事項はこちらからチェックし聞きなおすことにしています。今まで何度も待ち合わせ場所の説明不足で振りまわされてきたので、確認事項はマニュエルが最も的確且つ信頼できる、と判断。ビセンスはいざと言うと、 「あ、知らない 」と、直ぐに責任放棄しかねないので危険。サルゥは未整理のまま分量だけ多いインフォメーションを流す役、と言った具合。

 さて次はメスのヤング・クラスです。カタログを見ると5匹ともIで始まる名前の後、 「DE LA LLIBRA CASANOVA 」の名前が。大体今日のカタログには、9匹もの 「LLIBRA CASANOVA 」が並び、壮観です。嬉しそうなベジェス達。まずイダはビセンスが、イネは今回はマリア自らが、キティはデビッドが、ディジー(娘)はオリオル、イリスをサルゥが其々プレゼンテーションをします。チビダルだった彼女達、其々に引き取られてからこうして一堂に見るのは初めて。まずイダはすっきりとしたラインが売り物、イリスはスポットがベルに少し似ていますが、体が出来ていない。逆にキティは非常に筋肉質的で、みっしりした肉置きで身体が白めです。イネは少しお腹の辺りが太った様に思います。ディジーは全体のスポットが多く流れ気味。同じ名前なのにママとは大違いです。いずれもリブラ・カサノバのダル、どれが勝ってもいいのですが…。
「キティが綺麗だと思うなァ 」
「そうだね、体が出来てるよね。ちゃんとポーズも決めてるし 」
「でも、何となくみんな顔付きが淋しげだよね。表情に欠けると言うか… 」
「うん。ベルがやっぱり一番表情が豊かだね 」と、親馬鹿な私達はひそひそ。結局勝ったのはイリス。またもやサルゥのプレゼです。これはサルゥによるところ大でしょうね。大喜びのサルゥとイリスの飼い主。
「初めて勝った時って、嬉しいよね。ベルもシニアになかなか勝てなかったし 」
「キティが勝つかと思ったけどね 」と、マニュエル。キティもなかなか苦戦しています、ビビががっくり来てて可哀想。
 さて、オスはフィリップとイタ・ダルとの争い。イタ・ダルはもう6歳とベテランですが、とにかくアバラが見えるほど痩せて小さい。フィリップの横に立つと本当に小さい、と感じてしまいます。しかし、プレゼしてるのはプロの女性ブリーダー。やはり黒のパンツ・スーツを決めていて、いかにもいかにもと言った感じ。何故かイタ・ダルが勝つんですよね。イタ・ダルはスペインに強いのかなぁ。

 ベルは無事にオープン・クラスで勝ち、ここでヤング・クラスの勝者イリスと決戦。これはお姉ちゃんの貫禄を見せてCAC、CACIBを獲得。しかしその時の審査員の評が、
「私としてはあなたのメスの方が好きだが、やはりあちらの方が体が出来ている 」と、イリスを出しているサルゥに言ったものだから、これを聞いたビセンス、マニュエル、主人共にムッ。引き上げてきたサルゥも、
「ベルの方がダンチよ 」と言えば、
「あの審査員はダルの事なんか何にも判っていないんだ。イカサマ野郎さ 」と、全員鼻を膨らませています。もっとも内輪で言い合っているだけで、無論審査員に面と向かっていうようなマネはしませんけど。
「どうせあのイタ・ダルが勝つさ。女好きだからな 」
 その言葉通り、MRの審査はイタ・ダルのオスが勝ち。ベルと並ぶと、これがオス? まぁ、CACは取れたからいいけどねぇ。それに今日はたくさんリブラ・カサノバが集まるからダル・クラブの話を進めるにももってこいだし。先日仕上げた 「改訂版ダル・クラブ規約 」など一式のコピーを其々渡し、発足へ向けての呼びかけを行います。みんなクラブ立ち上げには大賛成、問題は様々な事務処理を誰がやるかと言う事だけ。これに関しては私一人でやるしかないと、諦めています。変に組むと足手纏いになる事も十分考えられるし。
 もうひとつ、今回の大会で楽しみにしていたのは 「ブリーダー・クラス 」で出る事だったのですが、申し込んでおいた(と、サルゥの弁)にもかかわらず、カタログに記載されておらずこれは適わないまま解散となりました。もう2 度とこれだけの 「LA LLIBRA CASANOVA 」が揃う事はないでしょうに、残念。

 会場のテントの中には幾つかお店が出ていて、その中にベルの写真が出ている雑誌のブースがありました。サラゴサでの写真が取れなかったのが心残りの私は、思い切ってそこにいた女性に声を掛けてみました。
「ここに出ている写真なんですけど、焼増しして頂けないかしら? 」
「あら、じゃあ、彼に聞いて御覧なさい。彼がカメラマンだから 」と、親切な対応。カメラマンの男性に焼き増しの件を話すと、すぐに名刺をくれ、
「オフィスに取りにいらっしゃい。事前にどの犬か連絡してくれれば探しておきますよ 」と言われ、まぁ嬉しい! 

 さて、ベルはこれでCACが3つになり、後ひとつマドリッドで取れればスペイン・チャンピオンの資格が取れるところまでやって来ました。2歳2ヶ月ですから、今年5月のマドリッドを逃せば来春までチャンスはありません。マドリッドで勝てば2歳4ヶ月でチャンピオンです。結婚も夢ではありません。とにかくベジェスは 「カマダ(お産)はチャンピオンになってから 」と言っていますし。早速 「血統書名 」の申請をしておく事にします。
 希望する名前を3つ書いてケンネルクラブに提出。審査には約5ヶ月掛かるとの事。3つとも重なるような名前だと再提出になるそうです。
「良く考えて出さないと、とんでもない名前になっちゃうぞ。イギリスの友達がまずは大丈夫だろうと思って、3つ目にいい加減な名前を書いたら、1つ目も2つ目も使用出来なくて、3つ目のとんでもないのに決まっちゃったんだ 」
「そうそう。冗談のような名前で、なんとかフール(馬鹿)って名前が残っちゃったんだ 」
「結構いいダルを育ててるんだけどねぇ 」

primavera.jpg 時は春。3月から4月は野原が最も美しい季節です。野生のアスパラも出始め、スミレ、タンポポ、ボジリ、なずな…、あらゆる野草が花を咲かせ、麦畑にはもう早くも赤いヒナゲシの花がひときわ華やかさを添えて。これからの季節、私の仕事が忙しくなる為、ベルとの朝の散歩は主人が受け持つ事が多くなりました。クラブの準備もそのまま動かないままです。セクレタリーとして当てにしていたデビッドが、やはり出来ないと言い出した為、最も大変なこの仕事を誰に任せるかが大きな問題になってきました。セクレタリーの人選はクラブの運命を決めかねません。ビセンスが会長なのは決まり。同じ家族から役員は出せないので、マニュエルもサルゥも委員の一人にしか出来ません。私は会計をやるつもりでしたが、サルゥがとんでもない事を言い出しました。
「マリアにセクレタリーをやらせればいいわよ。犬の美容師の仕事は娘に譲って、もう働いていないし時間があるわよ」
 それこそとんでもない事でした。マリアはとても素朴ないい人ですが、事務能力があるとは思いません。ましてセクレタリーの仕事は最も煩雑な作業が多い、言わばクラブの要です。委員会の日時設定、告示、通知、会報誌の発行、いずれはクラブ大会の運営までと、幾つかの事柄を同時進行していかねばなりません。マリアに任せるつもりにはなれませんでした。
 では、誰がセクレタリーの仕事をやるか? 他にもダルに情熱を捧げている人はいるのでしょうが…、まず大事なのはベジェスや私達と同じくスタンダードの育成を理想としている人でなくてはなりません。それが難しいところでした。会長とセクレタリーの息が合っていなくては、クラブのスムーズな運営は不可能でしょう。悩んだ末、出来るかどうかは別としても、私がやるしかない、と思うようになりました。煩雑な作業をこなしていけるかどうか疑問ではありますが ・ ・ ・。ベジェスと足並みを揃えつつ、コントロールもして行けるとなると、今のところ私が適任だと思うのです。
 では、会計を誰にするか? ここで私はひとつの可能性に思い当たりました。お友達のかすみちゃんとそのご主人のジョセップ・マリアが、ベルの子供を1匹是非、と申し出てくれており、やがてはダル・クラブに引っ張り込まれるのは目に見えています。そして、ジョセップ・マリアは銀行員。決まり! 後は、どう説得するかです。それから出来るだけ多く他の地方の人たちにも声をかけていかねばなりません。マドリッド大会の時に会う人たちに声を掛けられる様、準備をする必要があります。

madrid.jpg  5月。マドリッド本大会の為のベルの調整は順調に進み、お腹の線もすっきりしてきました。ビセンスから連絡があり、マドリッドにはフィリップを連れて行くとの事。彼の車に我が家の3人が便乗、フィリップとベルがサラゴサ行き同様後ろに乗るわけです。兄妹でチャンピオンシップに挑戦です。審査員はイギリス人。可能性はあります。前日の午後出発、1泊する予定と聞かされて全てお任せだったのですが、どういう訳か申し込みが直前過ぎホテルが一杯で、結局日帰りだと言うのです。今回はサラゴサと違い主人が一緒なので運転は二人ですが、往復1200キロを日帰りとは…。
 しかも前日に海辺のイタリアンレストランにピザを食べに行った時、ベルは大はしゃぎして海の中に大口開けて突入。なんと、その深夜にとんでもない下痢に見舞われ、熟睡中のフウが気がつかないまま、可哀想にドアの近くでお腹を下してしまい、大量の砂が巻き散らかされていました。ドアを開けてびっくり。マドリッド行きの当日だと言うのに、朝から部屋の掃除とベルの世話に追われ、一体こんな体調でチャンピオンシップはおろか、無事にマドリッドに辿り着けるのかどうか。
 ビセンスが迎えに来てくれ何とか旅は始まりましたが、ベルは後ろで何だかぐったりしています。途中でトイレストップさせた時も、やはりまだ砂交じりでお腹が下っています。何度も何度もおしっこをして、草を食べて、ベルはベルなりに調整をしてはいるのですが。何とか今日一日、リンクでお粗相のない様に頑張ってくれるよう祈るばかり。なんでも悲観的になり易い主人は溜息ばかりついていますが、ここまで来たら何とかベルを元気付けてやれる様、気合を入れるしかありません。私はベルに声を掛けながらずっと撫でてやりました。具合の悪い時には溜息よりも誰かの優しさが必要です。人間だってダルだって。

 マドリッドまでの道は何故か無料で(スペインで有料高速道があるのはカタルーニャ、バスク、バレンシアなどだけ)、カタルーニャを越えサラゴサに入った途端、木は一切姿を消し僅かな潅木だけの荒涼とした砂漠へと姿を変えます。
「昔は全部樹が茂っていたんだ。大航海時代に船を造る為に樹を切り出して、その後植林なんかしなかったからこんな有様さ。カタルーニャとはエライ違いだ。手入れを一旦怠けるとこうなってしまって、もう取り返しがつかないんだ 」
「大航海時代? てっきり産業革命の時かと思った、イギリスみたいに 」
「いやいや、船を造る為さ 」
 大航海時代の華やかさの陰に消えていった多くの森、二度と蘇る事のないまま放置されてしまった大地。大航海時代の繁栄に背を向けた形のカタルーニャに緑が残り、新大陸の富の恩恵を蒙った地方がこうして荒廃した姿を残すとは、何ともスペイン的皮肉を感じます。強い陽射しが一切を拒むかのように白茶けた大地が何処までも続きます。次々に現れる城跡、多くは廃墟のまま放置されています。カステリャーノ地方の大地にカスティジョ(城)が多いのに納得。
 やがて順調にマドリッドに入り、会場に到着。ダルは二階のリンクです。さすがにスペイン・チャンピオンシップ会場だけあって、しっかりとしたオーガナイズで、壁際には犬を入れて置けるよう簡単なゲージが設置されており、無料で使用出来ます。ちょっと休めておくにはもってこいです。ベルは途中でお腹のものを全て出したのか、様子が落ち着いて来ました。いつものようなやんちゃさはありませんが、ぴったり寄り添って頭を撫でてもらっていると落ち着くのか、傍から離れません。少しぶらぶら散歩をして他のメスなど偵察。
「今回は大丈夫そうだな 」と、主人がにんまり。
「みんな小さいわね。でも、あのマロン(茶)が心配 」
「う~ん。茶は強いからなぁ。でも貧弱だぜ 」
「ほら、あれがポルトガル・ダルクラブの会長のだよ。バジャドリッドで勝ったのにまた来るなんて気が知れないな 」
 そのマロン・ダルは小振りですが結構綺麗そうです。そう、と言うのはずっとケージの中に入れられていて、全体が見えないせいですが、
「初めから見せると欠点が目立つから出さないんだ。あぁいう犬は人見知りしてだめだな 」と、ビセンス。欠点隠しかぁ。おや、サラゴサでリブラ・カサノバの仔犬が欲しい、ベルを譲ってくれと言って顰蹙を買ったお兄ちゃんが来ています。ビセンスを見つけ早速声をかけてきました。根掘り葉掘りと質問攻めにして、あのビセンスですらさすがにちょっと腰が引けています。
「熱心だね 」
「うん。でも、チャンピオンに育てたかったら、まずは血統。それから食事だよ 」と、にべもありません。

突然後ろの方で犬が争う声がし、振り帰って見るとダルにボクサーが噛みついたようです。男の人が慌ててダルを引いてこちらへ戻ってきます。可哀想にオスダルは耳を噛まれたらしく血が、かなりの血が流れています。
「すれ違いざまにいきなり噛み付いてきたんだ 」と、男性は怒りに声を震わせています。これからダルの審査が始まると言うのに。耳にはテーピング処置がされ出血は止まりましたが、体に付いた血が染みのようになってなかなか綺麗になりません。
「これで拭くといいですよ」と、私は持っていた消毒用のアルコールを渡しました。
「いや、消毒はもうしたから 」
「ううん。アルコールで拭くと汚れが簡単に取れるから。ほらね? 」
「あぁ、本当だ! ありがとう 」
 傍にいた女の子がホッとした様な顔をしています。アルコールは急場の汚れ落としに最適、と以前にベジェスに教わってから、大会の時には持っていく様にしていたのです。備えあれば憂えなし。

 やがてオスの審査が始まりました。さっきのダルも無事に出場していますが、可哀想に尻尾を股に挟んでいます。フィリップは以前に比べると随分落ちついてきて、リンクでも綺麗にプレゼしています。尻尾も振っていますし。でも、ここでもフィリップは2位、RCACに終わりました。

madrid2.jpgさぁメスのオープン・クラスです。居並ぶメスダルを見渡して、そうです、どう見たってこの中でのベルの光り方は格が違う感じがします。気掛かりなマロンのメスはまだ出ず、どうやらチャンピオン・クラスらしいのでホッ。あぁ、本当に何時もハラハラドキドキ。すっかり口数の少なくなっているフウ。どうか無事に終わります様に。やがて審査員がビセンスに握手の為の手を差し出しました。
「やった! チャンピオンだ! 」
「あぁ、ベル! 」
 ベルが私達を見つけて嬉しそうに尻尾を振っています。嬉しそうなビセンス! これでリブラ・カサノバの名を持つ新たなチャンピオンが産まれたのです。続いてベルはチャンピオン・クラスとCACIBを争います。唯一手強そうだと見ていた、あのポルトガルのマロンとです。ポル・ダルは小振りで、スポットはまぁまぁ綺麗。どうしてもひ弱な感じがするのは否めませんが。

 結局、チャンピオンが今日のメス部門で勝利を収め、
「まぁ、誰もが満足行く形にしたって事で、良かったんじゃないか。サラゴサとマドリッド、割にしっかりした審査員二人の評価がそうだったから、やはりフィリップは2位というのが妥当なのかもしれない 」と、ビセンスはそれなりにこの評価には納得しているようです。
「チャンピオンおめでとう! 」と、先程の耳齧られダルのおじさんも祝福してくれます。ありがとう。
 ポル・ダルがリンクに出て走る姿を、
「背中のバランスが少し悪いね。走ると後ろ足が開いて見える。だからケージから出さないで、あまり見られない様にしてたんだな 」と、ビセンスが解説してくれます。オーナーは其々のダルの弱点をよく知り、それをカバーする見せ方をしなくてはなりません。以前、まだシニアをエキスポジションに出していた時、後ろ足が長く腰高になってしまう彼女の極めのポーズは、必ずぐっと後ろ足を引き気味にして背中を出来るだけ真っ直ぐ見せる、という風でしたし、ディジーもマンチャの多い側しか見せないようにしていたし、ベルの恋人のセルゥインは喉の弛みを隠す為にぐっと首を引いて見せるし。ベルの弱点って何なのでしょうか? 我が子可愛さで目くらまし、という訳には行かないのでした。距離を置いて自分のダルを冷静に評価できなくては。う~ん、すっかりお任せからそろそろ脱却する事を検討しなくてはなりません。ビセンスも 「チャンピオンになるまではベルは自分が出す 」と、言ってくれていますが、チャンピオンになった今からは、私達で出して行く事を考えなければなりません。と言う事は、私が出す事になるでしょう。早速お留守番のサルゥとマニュエルに報告すると、携帯の向こうでサルゥの雄叫びが。本当に彼女はいつでも心から喜んでくれます。
「帰りに寄ってね、夕食をマニュエルが用意するから。お祝いしなくちゃ! 」


日帰りはハードでしたが勝利の余韻で心は軽く、今朝はあんなに心配したベルも体調を回復し、何よりも彼女の底力に敬服したのでした。
「ベルったら、やる時はやるじゃん! 」
 ベジェス家に着いたのは8時を疾うに過ぎ、くったりしていましたが、ベルもみんなと一緒に夕食を頂き、今はすっかり寛いでいます。
「あぁ、これでチャンピオンかぁ! 」と、やっとのびのびした声で主人が言うと、
「え? ベルはまだCACが足りないだろう? 」と、ビセンスのびっくり発言。
「あら、どうして? レリダでしょ、サラゴサ、バルセロナ、マドリッド、ちゃんと4つ取ったわよ? 」
「え、待て待て。あ、ほんとだ、4つある! 」と、マニュエル。
「いや、でも最初のから1年以上経ってないと駄目なんだ。レリダは6月だから、まだ1年経ってないぞ 」と、ビセンスの更なる爆弾発言が。でも、そんな規定どこにもないんじゃない? チャンピオンの資格規定は、

1. 3人の異なった審査員によるCACを4つ、クラブ認定大会においてエクセレントを取得する事。4つのCACのひとつはマドリッド・インターナショナル本大会のものである事。
2. 3人の異なった審査員によるCACを4つ、マドリッド・インターナショナル本大会においてエクセレントを取得する事。4つのCACのひとつはクラブ認定大会のものである事。
3. これらのCAC、及びエクセレントはスペイン・ケンネル・クラブ認定のものでなくては算定されない。

としか、書かれていないのですが。しかしベジェス達が絶対にそうだと言い張る以上、初体験の私は、そうなのかぁ、と引き下がるしかありません。とんだトラタヌ騒ぎでがっくりしている私達、
「一番大変なマドリッドで取ったんだから、後はどこでもいいのさ。問題ないよ 」と、慰められる始末。しかも立ち直りの早い彼らは、もう既に次の大会に向けて張り切っています。
「今年は資金不足でレリダ大会がないから、一番早いのは6月のカステジョンだ。次はカステジョンで取るぞ 」
 手続きから何から、またもや彼らがやってくれると言うのですが、しかし幾つものカタログを引っ張り出して、それこそ穴の開くほど読み返して見ても、どこにも1年以上云々の記載は見当たりません。
「変だなぁ 」と、私は首を傾げるばかり。


6月になると暑い日が続き、バルセロナでさえ30度を超える日が増えてきます。まして南の内陸地帯に行くのですから、暑さに弱い私からすれば灼熱地獄。空気は乾燥し風は熱気を帯びて、毛穴が開ききって行くのが分かります。体からどんどん水分が蒸発していく感じです。おまけにカステジョン大会は屋外、幼年期にこの周辺に住んでいたと言うベジェス兄弟曰く、
「この公園によく遊びに来たよ。真中の広場に円形のステージがあって、祝日には音楽隊が演奏してみんながその周りで踊っていたもんだ 」と、なかなかに古き良き時代を偲ばせる公園だったようなのですが、現在ちょうど設備補修の為かあちこち穿り返されて、さながらモグラのお宿といった呈。平らな部分はリンクに確保されているので、でこぼこ地面か、あるいは斜面しか場所が残されておらず、おまけに風が吹くと赤茶けた土埃が毛穴の中にまで入ってきそうな勢い。今日はこの大会の後、叔母さんの家に立ち寄り、その辺りで買おうかと思っている廃屋を見に行こう、というのでベジェス家は全員総出です。

 審査員はバルセロナ大会の時と同じ人で、ビセンスが女好きと評した人物。今日はマドリッドで一緒だった耳齧られダルの叔父さん一家とも再開。
「あれ、どうしたの? 」
「最初のCACから1年経ってないと駄目なんですって。この6月で1年なのよ。ところで耳は大丈夫? 」
「うん。もう跡も目立たなくなったよ 」と、ダル・クラブの為に交友を広めます。クラブ発足の件を話すと、
「もちろん賛成! 」と、喜んでくれて、まずは会員一人ゲット! もう一人カステジョンのダルの飼い主がいるので、そちらにもビセンスが声を掛けておきます。
「プロって言うわけでもないけど、片足突っ込んでるような奴 」とのビセンスの評ですが、片足突っ込んでるとは、要するにダル・ファンというだけではなく銭がらみでもある、と言う事かな? 耳齧られダル氏は、
「カステジョンのライバルだよ。あんまり仲は良くないんだ 」と、敬遠気味ですが、ビセンスとマニュエルは、
「どっちもどっち 」と言ってるから可笑しい。

 あら、バルセロナで勝ったイタ・ダルのお姉さんがまた来ているではないの? 今度はオスのマロンを連れています。フランスからも何人か。よく見かけるフランスのおじさん夫婦、何を言ってるのかほとんどちんぷんかんぷんだけど、すっかり顔見知りになってニコニコご挨拶。こういうのが楽しいね。もう一人、フランスから全身金ピカのおばさん登場。金ラメのタンクトップに金のスパッツ、金のサンダルとまぁ目も眩むばかり。
「サルゥが胸と腰を振って出るといいんじゃないか 」
「ケイコもキモノ着て出ないといかんぞぉ 」と、ベジェス兄弟ワルノリ。しかし目も綾な! あはは。
 とにかく暑い。日陰にいても体中で水分を求めているのが分ります。あぁ、ぐったり。暑さに弱いベルも嫌な感じらしく、嬉しそうに見えません。

 オス部門ではブラッドが勝てず、メス部門でもベルは勝てませんでした。勝ったのはイタ・ダルのオスと、金ぴかおばさんのメス。MRはイタ・ダルが取りましたが、この間のメスに比べても更に貧弱なオスです。これには審査員に対する批判が相次ぎ、フランスから参加していた若い男性が審査員に直接抗議を申し立て、
「あなたはダルの事など何も分かっていない 」とやりだして、結構な見物に。
「言ったってどうしようもないさ。でも彼は外国人だから、申し立てても問題ない。自分たちに出来る事は、もう2度とあの審査員の時に出かけて行かないって事だけだ 」と、ビセンス。自国で審査員に直接異議を申し立てるような行為は、やはり許される事ではありません。参加したケンネルクラブという組織自体の否定に繋がる愚かしい行為です。
「あれはもう最初から決まってたのさ。イタリアの彼女は夕べ一緒に食事でもしたんじゃないか 」と、嘘か真か。非常にポリティックな世界なのですね、犬の世界も。以前にビセンスがスペインでは勝ちにくい、といっていた事が思い出されます。この国ではいわゆるプロフェショナルが勝つ仕組みになっている、だからもっと自由に枠外で勝負できるフランスに行くのだ、と。だからこそ、クラブを立ち上げ、クラブのスタンダードの意向を活かせる様にして行きたいのです。

 とりあえず暑さと審査員への苛立ちとで、みんな糞面白くない、という顔ながら、帰りにはベジェス兄弟の母方の叔母さんに挨拶に立ち寄るというので、真夏のもっとも暑い時間に移動です。最初に売りに出されている家を見に、赤茶けた岩場に立つ村を見に行きます。午後2時。通りには誰の影も見えず、村は死んだように静か。強烈な真上から照りつける太陽と、その照り返しの地面からの熱とで、ゆっくりとミイラ化されていくかの様な、カステジョンの真昼。陰で風に吹かれていると確かに爽やかで、体と服との間を孕む風はすっと汗が引く程なのですが…。一歩日向に出ると自分すら陽炎となって立ち昇って行きそうな錯覚を起こす程の、熱気。
 岩を切り込んで家の一部にしてしまうやり方はピレネーでもよく見かけますが、ここは村全体がこの赤茶けた石と、同じ色のスペイン瓦の屋根によって成り立っているので全体的に調和がとれ、何と言うこともない小さな村なのですが美しいのです。
「ここはお祖母さんの生まれた村なんだ 」と、ビセンス。
「僕たちも別な村で生まれて暮らしていたんだけど、親父が車の修理屋を始めて、町に出たのさ。小さいころはお袋に連れられて来た事がある 」
「今は別荘として買っている人の方が多いね。カタルーニャみたいに高くはないし 」
「でも、暑いわね。夏はもっと気温が上がるでしょ? 」
「40度は超える。でも、日陰は涼しいし、真昼に外を歩くなんてしないからね、今日の僕たちは特別だけど 」
 確かに、アンダルシアに行っても連日40度をも越える日昼に通りをうろつくなんて、観光客のする事だし、命がけです。あの暑さでは何もしたくなくなってしまうのは当然でしょうね。もっとも、可愛い女の子の事を「シエスタの時に出来た子」と言うそうですが。暑さにぼうっとしながらやっとの事で叔母さんの町に着いて、ちょっと休憩。ここで冷たいオルチャータを一気に飲んだのが、どうもいけなかったらしく熱中症で私は倒れてしまいました。猛烈な吐き気と頭痛。叔母さんの家でソファに横になっていると、寒気がするほど涼しくて。ベルは勝てないし、熱中症にはなるしで、カステジョンでは散々な目に遭ってしまったのですが、この落ちがまたスゴイ。

champion.jpg「やぁやぁ、元気かい? それがさ、やっぱり1年以上じゃなくてもいいんだってさ、チャンピオンの資格。いやぁ、確かに前はそういう規定があったんだけど、もう外されたみたいなんだ。だからベルはやっぱりチャンピオンだったんだよ 」と、ビセンスからの電話に、思わず家族全員、
「何、それ! 」
 やはり私が何度もひっくり返し読んだ規定にはそんな事は一言もなく、行間にすら滲んでいないと判読したのは正しかった訳です。
「ベジェス達は思い込みが強いからなぁ 」
「なんだか間延びしたけど、やっぱりチャンピオンだったのよ 」
「とっくにじゃないか 」
 やれやれ。今までのCACのコピーを沿えてビセンスがスペイン・ケンネル・クラブにチャンピオン証発行の申請手続きを行ってくれるというので、早速FAXで送ります。認定証が来るまでにはまだまだ時間がかかるでしょうが、まぁ大手を振ってチャンピオン宣言はできるかな。
 と言う訳で、モンセたちに前々から言っていた祝チャンピオン・パーティの連絡をする事にします。久しぶりに犬友を集めてパーティをし、ベルを祝ってなお且つ親交を深めようという訳。さぁ、メニュー作りに張り切らなくちゃ!

 そして、今回ベルのカマダ(お産)の前に、まずシニアを掛け合わせる事が決まりました。シニアは大会には出ていませんがちゃんとした血統のダルですし、一度はやはり掛け合わせをした方が体の為にも良いらしいのです。そしてこの所ベルを連れてあちこちの大会に顔を出して絶好調の 「リブラ・カサノバ 」に、ダルが欲しいと連絡して来てくれる人が増え、またもや仔犬待ちリストが出来たと言うのです。ですが、チャンピオン認定証の届かないうちにベルを今すぐ掛け合わせる訳にもいかないし、ではシニアをベルの許婚 「セルゥイン 」とまず掛け合わせ、どんな仔が出るか試してみよう、という事になったようです。
「どういうリスクが出るか判るしね 」と、ビセンスがまたもやオランダまでひた走りに走る事に。ところがセルゥインはオランダとノルウェーとにそれぞれオーナーがいて、ちょうどシニアが最も妊娠の確立の高い辺りには、北欧での大会の為にオランダからもう片方のオーナーの元に移動中というので、急遽お相手が変更になったのでした。お相手は「CH GAYFIELD CHARLES BROWN」、そうマイクの所から来たマロン(茶)の偉大なチャンピオンです。オーナーはセルゥインと同じモーガン氏ですし、
「どちらからしても気心が知れてるから問題はないさ 」、とビセンスは軽く言います。確かにGAYFIRLDの偉大なチャンピオンの血が入るのだし、どちらにしても悪い相手ではありません。シニアは無冠ですからチャンピオンのオスと掛け合わせないといけないのです。セルゥインは結局ベルの為にキープされたままという事になりました。引き続くカマダにややくたびれ気味のベジェス達ではありますが、ブリーダーとしてはやはり望まれる時に与えておかないといけないのでしょうし、シニアの次にはまだオチビですがイダのカマダも控えている訳ですから、ベルとの兼ね合いも考え、まずシニアを先に済ませようと決めたのでした。