18匹目  勝利の味わい


お節の仕込みに暮れた大晦日が明け、2001年の幕開けはお年賀会から。今年はベジェス一家4名と、マノロ一家3名、それに離婚したばかりで一人正月を迎えるのが淋しいと怯えているアルゼンチン人のエレナ、彼女は建築家で夫とはバルセロナ大学の建築家ドクターコースで仲間だったので、夫の最も古い友人です。そしてアデ夫婦。アデのところはおちび2人は寝かせて夫婦水入らず。我が家の3人を合わせて、13名と1匹、食った、飲んだ、喋った(今年はベジェスがいるから特にこの感が強い)の年賀会です。
max.jpg「まぁ、じゃあ、ここにいる人たちは皆な犬友な訳? 」
「そうよ、エレナ、あなたを除いてはね 」
「まぁ。犬でこんなに友達が出来るんなら、私も犬を飼わなきゃ駄目かしらね 」と、獣医だった旦那と別れたエレナはちょっとシンミリ。でも、声はでかい。エレナの元旦那のジョアキンと娘のクララがベルを見たらさぞ喜ぶだろうな、と思うとなんだかこちらも少しシンミリ。ジョアキンとエレナは10年間ほど連れ添いましたが、ずっと週末夫婦でした。ジョアキンは獣医ですが、街の獣医は苦手だからとレリダの田舎で養豚場を受け持ち、一日に幾つもの農場を回り500頭からの豚を見るのだと言っていました。街にはとうとう戻って来ようとしなかった彼。そしてエレナはアルゼンチン人でありながら頑張りぬいて、やっとプロジェクトを任されるようになった建築家、街から離れられる訳がありません。一人娘のクララは父親似の縮れっ毛と大きな瞳、白い肌、そして頑固さを受け継いで。クリスマスをママと、新年から三賢人の日までをパパと。始めて一人きりになるエレナ、夏休みは太陽の明るさに救われもしましたが、冬篭りのなか普段賑やかな人だけに、自我がないので孤独に弱いのでしょう。
「そうそう。犬を飼うと恋人が出来やすいぞ 」と、またもマニュエルがサルゥとの馴れ初めをご披露。皆で爆笑です。
「始めに会ったのはビセンスの方とだったのよ。イギリスのクラフト(もっとも権威あるドッグ・ショー)の会場でね、スペイン人がいるからって話し始めたのがキッカケで。で、ダルが縁で亭主と別れて鞍替えしたの。あはは 」
「それ行け、エレナ 」と、半分激励とも冷やかしとも判らないチャチを入れつつ、今年の新年会も和やかに終わりました。新しい歳を迎えられた事に感謝。

 ところが正月早々ベルがセロになり、今回は今までの経験を生かし森の入り口のピノ・チャンドリまで車で行き、そこから放す事にしました。相変わらずセロの時にはオスの態度がすこぶる愛想が良く、いつもはまだお子ちゃま扱い気味のベルと念入りなご挨拶を交わします。久しぶりにハスキーのゴルフォもマリベルが休みなので森の中で会い、ゴルフォはベルの妖艶な魅力にクラクラ。鼻を鳴らしています。ベルはこのところ艶っぽさを増し、ウルウルと見上げるその瞳に夫もクラクラ。抱き着いて離れません。一番しつこいオスは何時でも父親なのかもね。次のセロではセルゥィンと賭け合わせを、と考えているので間違いの無い様にくれぐれも厳重警戒、なんて言ってた折も折り、ある事件が起こりました。題して 「消えた3分間事件 」。

 さて 「消えた3分間事件 」とは? 夫が車でピノ・チャンドリに到着、車を止めようかなと思った時、ちょうど向こうからマックスが帰ってくるのが見えました。 「むむむ 」と唸る夫。これはカン・ボレールまで行って、そこから森深く入った方が無難と判断した夫、車を止める事無くマックスをやり過ごしカン・ボレールへと向かいます。無論この時点では、マックスとベルはお互いの顔を見合った訳ではありません。さて車から降りようとしたその瞬間、なんとドアの横にマックスが! 走りに走って追いかけて来たマックス、息も荒く熱い眼差しでベルを見つめています。窓越しに見詰め合うベルとマックス。禁じられた恋の始まりか。慌てふためく夫。慌てて車を引き返し、マックス夫人が待つであろうピノ・チャンドリ迄またまたマックスを引っ張って行きます。そこには途方に暮れつつも慣れたものでマックス夫人が待ちかねていました。どうにか夫人に引き渡し繋がれたマックス、後ろを振り返る恨めしげな視線をちくちくと感じつつ、曳かれものに遠慮は要らぬと、しばしほとぼりを冷ました夫、いよいよベルを放し、それでも用心の為に左の森の迂回コースでカン・ボレールへと向かいます。途中他の犬に会うこともなく散歩を楽しんだ二人、さぁそろそろカン・ボレールという所で、なんと「いきなりマックス」の本領発揮。マックスが息も荒く登場! 黒く逞しいマックスと白い妖精の如きベルが、嬉しそうにすりすりとご挨拶をすると、二人でいきなり猛ダッシュ。焦った夫が喉も張り裂けんとばかりに 「ベル! ベル!! 」と追いかけますが、二人は嬉しくて楽しくて。こうして空白の 「消えた3分間 」が出現したのです。
 蒼ざめて帰ってきた夫曰く、 「大丈夫だったとは思うんだけど…。全速力で追いかけて、もう死にそうだよ 」
 フウに話すと思わずのけぞって、
「黒地に白のスポットなんて出ないよね!? 」
 まさか…。しかしこの後のひと月はちょっとハラハラしながら様子を覗わざるを得ません。まぁ、別に食欲がぐんと旺盛になった訳でもないし、お腹が膨らみ始めた訳でもないし、と一先ずは安心かも。しかし、恐るべしマックス。彼の嗅覚たるや驚くべきものがあります。車の中にいたベルの匂いを嗅ぎ別けて追って来るとは。

さて、正月の最も忙しい時期をぐったりと言った感じでやり過ごすと、少しのんびりして来ます。これから2月一杯は私の仕事のペースが割にゆったりする時期なので、早速ベジェスから借りてきた“ブリティッシュ・ダーメション・クラブ(BDC)” の会則、スタンダード規定などの翻訳に取り掛かる事にしました。英語からスペイン語への翻訳なんて事を、今の今までこの私がする羽目になろうとは思っても見ない事でしたが、何と言ってもベジェス達に任せておく訳にはいきません。まず、ビセンスですが英語は話せるし理解できますが、これを翻訳するとなると…。物事を筋道立てて文章にまとめると言う機能は彼の頭の中には全くない、とまで言切りたくなる程、彼はあらゆる意味でスペイン的なのです。ま、時間がないのも(常に時間がないと言っている)、生活全般における整理整頓能力の欠如からきている面が大きい、と私は見ています。マニュエルは英語は出来ませんし、何かの中心になって動くと言う事自体、苦手の様です。サルゥ?
 彼女は、何と言えばいいのかしら。私は彼女が好きですが、私の限界点を超える(もしくは想像力を超える)彼女の話法には、目をぱちくり。あらゆる想像力を駆使し補足しても、話の筋道が繋がらないのです。基本的な日付、時間、場所、そんな事柄すら、彼女にかかるとワープしてしまうし。彼女の今までの人生はかなり行き当たりばったり、その場主義、終わりよければ全て良し、でやって来たのではないか、あるいは人生の行動一つ一つに意味があり、自分の責任を問われているのだと言う意識を持たないまま、ここに至ったか。彼女は責任感は強いのですが、それは彼女の論法による責任感であり、彼女の正義感は無意味な憤慨であったりする事も多いのでした。
 とにかく彼女には物事を箇条書きで考え処理する、と言う事すら理解していないのではないかと思われる節があるし、それに何より英語が出来ない。彼女に頼める仕事は、ダル仲間に連絡をし、クラブ立ち上げの賛同を取りつける事。これはビセンスよりもマニュエルよりも適任です。何せサルゥは恥ずかしいと言う観念が薄いみたいなのです。
 概してスペイン人は 「オルグジョッソ(誇り高い) 」と言われますが、これって日本の 「武士は食わねど爪楊枝 」に似ているのではないかと思うのです。無論、空威張りの面がほとんどですが、貴族的思考の人が多い様にも思います。向こうが連絡しないのに、どうしてこちらからしなくてはいけないのか。まぁ、とんでもない意地っ張りが多いって事だけかもしれませんが。しかし、相手がまず動くべきである、という一見用心深げな人たちが多い中にあって、サルゥはそんな事には無頓着に話を進めるので、そう、ちょっとした手榴弾みたいな面があって、彼女の暴走を見ているビセンスの顔を同時に見るのも、中々愉快なのです。

 そしてこの時、ビセンスが本場のダルを見に行かないか、と誘ってくれました。3月に開催されるイギリスのクラフト大会に行こう、と言うのです。去年マニュエルとサルゥが行ってきて、友人のマイク(ドゥルスバのGAYFIRLD家)のお家に滞在した時の写真を見せてもらいました。
「ほら、フウ、覚えてるかい? ベルギーで会っただろ、マイク? フウの事を話したらね、あの子なら構わないから、うちに泊まればいいって言ってくれたんだ。シェークスピアの街、ストラトフォード・アポン・エイヴォンの隣村なんだ、マイクの家は 」
 クラフト大会は4日間に渡って開催されるので、ダルの審査が行われる日は会場に付きっ切りだとしても、その他の日はレンタカーを借りて観光できるし、これは楽しみな。
「とにかくクラフトは大きい大会だから、お店なんかもたくさん出てそりゃぁ、賑やかなんだ。ショーに勝ってきた犬しか出られないから、いい犬ばたくさん揃っているよ 」
 本場のダルが見られる! 本場のブリーダーに会える! 早速張り切って“BDC”の会則の翻訳に取り掛かります。せめてこれを頭の中に入れておけば、本場の何たるかが少しは解るかもしれません。

さて、“BDC”の会則ブックは、最初が各地区の担当会員リスト、審査員リスト(A1~A3までに別れている)、会則、指導要綱、スタンダード規定、会員リストという形で成り立っています。スタンダード規定はビセンスに任せるにしても、最も重要な会則と指導要綱を翻訳しなくてはいけません。溜息をついていても仕方ないので、少しずつ、まずは会則から取りかかりましょうか。
 会則ですから、クラブを作る目的、役員選出方法、役員の任期規定、会員の選挙権、会員の条件、会員追放の事、集会、等など細かに21項目により書かれています。これらをスペイン語に下訳し、文章を整え、更にスペインの事情に適合させた、スペインのダル・クラブ会則へ仕上げなくてはいけません。道のりは遠い。
 この会則の中で、私が最も目を見開かされたのが、 「第2条 クラブの目的 」でした。それはこう書かれています。

クラブの目的は以下の通りである。

  1. 一般社会における犬種の健康を充分に保持する事。
  2. 国際ケンネルクラブの規定によるスタンダード種の普及に勤め、ダルメシアンの美犬賞を審査、判定する際にもこのスタンダードを用いる様にブリーダー、オーナー、審査員、に薦める事。
  3. スタンダードに則った血統種の繁殖を支持する事。
  4. ダルメシアンのランク保持の為に自主コンクールを催し、他のケンネルクラブが催すコンクールにおいても、委員会に承認されたコンクールには賞を準備、提供する事。ダルメシアンの為に、認証された階級と審査のバランスを図る事。
  5. 指導要綱の協定を支持する事。
  6. 会員の利益の為に社会的、教育的機能、そして飼育機能を簡易化する事。


以上の「クラブの目的」はそのまま掲げていくつもりです。1月、2月と、これらの翻訳作業を、時間を見つけては少しずつ進めました。英語のどうにも難しい言い回しが出てくると、フウの協力、そして彼にも難解な法的言い回しなどは、彼の先生に聞いて確かめると言うやり方で、作業はのろのろカタツムリではありましたが、どうにか纏め上げ、さてこれを正しいスペイン語に推敲してもらわねばなりません。日本語に訳するにしろ、私だって公的な文章にちゃんとできるかどうか。簡単なスペイン語の文章なら誰にでも頼めますが、こういった非常に公的な文章の推敲となると、文法は基より、教養的な知識がなくては出来ません。また、英語がある程度理解でき原文と照らし合わせる事ができなくては。誰に頼むか、これが大きなポイントです。ベジェス達にはこれだけのものを纏め上げる力量はありませんし。


zaragoza.jpgそして思いついたのがカッファの奥さんであるマルガリータ。彼女は全身ボランティア、と言った感じの女性で文学を大学で専攻しているし、公務員でもあるのですから、こういう装飾的言い回しは問題ない筈。英語もある程度理解できますし。早速気のいいマルガリータを捕まえ頼み込みました。彼女は知る人ぞ知る動物愛護精神の塊のような人なので、動物に関する事であればまずは快く引き受けてくれるでしょう。
 そして無論、快諾してくれました。こういう時、電子メールって便利極まりなし。早速eメールで送り、推敲して送り返してもらいます。次はこれをベジェス達に見せ、スペインの事情に合わせる推敲をしなくてはなりません。ここからが問題。今までは私なりの時間の観念で進んで来ましたが、ここからいきなりベジェスたちの(スペイン的)時間の概念に歪められ、物事は遅々として進まない可能性大です。ダリの溶ける時計が私の中でゆらゆら見え隠れ、あぁ ・ ・ ・。

 さて1月末から2月の初頭にかけ、夫が出張で日本に2週間程帰る事になりました。その間はフウと私でベルの世話をしなくてはならないので、朝から大忙しの日が続きます。そんな中、サルゥから電話が掛かって来ました。
「2月のサラゴサ・インターナショナル大会に、ベルを申し込んでおいたから 」と、言うのです。
「ま、サルゥ。でも、私達行けないわ。だって、ユーイチが日本に帰っているもの! 」
「そんなの構わないわよ! 私達が連れて行くから。フィリップも連れて行くのよ。オスとだし問題ないわ 」と、例の如く話はもう決定事項なのでした。学校から帰って来たフウにその旨を伝え、どうするかを聞きます。ベルは彼のダルなのですから、最終的な決定は常に彼がすべきなのです。
「ふ~ん、いいよ。行っても 」
 その夜早速ビセンスに連絡をすると、
「そうなんだよ、審査員がフィンランド人でね、北欧は大きいのが好みだから勝算があるんじゃないかと思ってね。フィリップは前の夜に迎えに行くから、そうだなぁ、そっちを9時過ぎに出ればいいよ。午後から始まるんだ 」
 ちょうど電話のあった夫にもその旨を伝えます。土、日に渡って開催される大会ですが、ダルは初日なのです。その翌日の日曜には夫も日本から到着予定。良い成績が残せるといいのですが。

 サラゴサの大会はベジェス達も何度か出した事があり、会場も良く分っているので今回はスムーズに到着です。マニュエルが来ないので、助手席にフウが座り私とサルゥ、ラインが後ろに。ワゴン車の荷物席にベルとフィリップが乗っていますが、ベルは強い。まず礼儀知らずなフィリップを「ガウッ」と一発へこまして、当然 「私が女王様! お前は下僕! 」といった感じで、後ろの席の真ん中に伸び伸びとお布団を独り占めにし、哀れ今日は貧乏籤を引いたフィリップが、でかい図体を隅っこでちょっとしょんぼりしています。ごめんね、フィリップ。一向に気にしないベル。フィリップお兄ちゃんがちょっとでも変なそぶりを見せようものなら、 「お黙りっ! 」と窘める事に余念がありません。犬の世界はメスが圧倒的に強い。
 会場は良く整備されていて、リンクも広めです。ビセンスとは顔馴染のブリーダー達も何人か見かけ、ご挨拶。サラゴサ・ケンネルクラブの会長もちゃんと来て、挨拶をしていきます。
「ここのケンネルクラブはしっかりしていて、すごく感じがいいんだ。カタルーニャのは全然ダメ。権威主義なだけで、挨拶にも回らない。金の計算ばかりしてるくせに、前の会計係に持ち逃げされたんだぜ。でも全然公にしないで、陰でこそこそやってるのさ。あ、ほら。あの女性。王室の一員なんだ。セッターのブリーダーなんだよ。大して勝てないけどね 」と、ビセンスが教えてくれた方向を見ると、乗馬ルックの年配の婦人がアイルランド・セッターのリンク脇でにこやかに談笑中です。そう言われれば何となく気品がある気も。国王の従姉妹か何からしいのですが、ごく普通に犬の愛好家として気軽に参加している風で、好感が持てます。サラゴサの大会は組織委員会がやはりしっかりしている事と、マドリッドからもバルセロナからもバスク、バレンシアからもほぼ同等の距離に位置しているので、かなり広範囲の参加者をカバーしている様です。

 さて、さっきから何だかベルをじっと見つめる熱い視線があるのでした。ダルの属する第6グループの審査は2時から始まり、ダルはこのリンクでは最後に審査されるので、私達はリンク脇に待機していました。ですが、どうもその視線が気になって仕方ありません。ビセンスはフィリップを連れておしゃべり中ですし、サルゥはラインをまぁ半分放ったらかしながらも、姿が見えなくなると慌てて探すといういつもの騒動をやっています。フウはベルのお座布団で一緒に座ってゲームをやっています。ちょこんと座っているベルに視線が、何と言うのでしょう、非常に強い熱波が送られているのが感じられるのです。そして驚く事に、その視線はリンクの中から、つまり今バセットを審査中の審査員から送られて来ているのです。
「フウ、立ってなさい。あの審査員がベルの事をじっと見てるわ。飼い主の態度も見られるわよ 」と、私はベルを綺麗に立たせながら、フウにも忠告しました。フウは慌ててゲームを止め、可愛い一人娘の為に一緒になって立っています。私はベルをリンクから綺麗に見える様にずっと立たせておきました。何だかどきどきします。以前、ビセンスからイギリスの審査員が言っていた言葉として、
「審査をするにはリンクの外にいる時のダルを良く見なさい。自然にしている時の姿こそ、最も大事な審査ポイントなのだから 」と、聞かされた事があります。それにしても今日のベルは惚れ惚れする程に美しく、端然として立っています。

さぁ、ダルの審査が始まりました。まずはオスからです。頑張れお兄ちゃん!まず歯の検査ですが、フィリップは歯が1本かけていて、鼻の黒くあるべき部分が一部ピンクのままです。ですからちょっとお間抜け顔に見えなくもありません。でも体格はしっかりしていますし、見劣りはありません。ただやはり大会慣れしていない、と言うか大会用の教育が不足している点はあります。引っ張る力がスゴイのです。ですが、今日は割に制御されて走っています。この間ジロナでベルに勝ってCACを1個取っているので、ここで勝てばリブラ・カサノバのダルがもう1匹、スペイン・チャンピオンを目指す大きな励みになるのです。ですが残念ながらフィリップは2位。1位はフランスから来たスターロング・サムの息子が取りました。イダとブラッドの異母兄弟です。フィリップはRCACを貰いました。

zaragoza2.jpg いよいよベルの番です。数いる中でも強敵は去年バルセロナで負けたイタリアのベットリのダルと、フランスのダル。でもどちらも小振り。今日のベルは走りも落ち着いて綺麗です。ビセンスが非常に長くスタンスを取って自由に走らせているので、伸びやかな走りを見せます。立つ姿も完璧です。私とフウはもう祈りの姿勢さながら。あぁ、ベルが勝ちました! CACを獲得です。そして、今度はオスの勝者とのMR(BOB)を競技します。この時にはRCACのダルも並ぶので、フィリップもリンクに登場し兄妹が並びます。フィリップはサルゥが、ベルはビセンスが。本日のMRはベルが頂きっ! リンク内で喜ぶビセンスとサルゥ。私とフウなんかそれこそハレハレホー!の極地。そして、何と審査員のヘルへ氏がベルと一緒の写真を取りたい、と申し込んでみえたのです。前代 未聞です。自分のカメラを持ってきて、役員の人にベルと一緒の写真を何枚も何枚も取ってもらい、最後にベルを撫でてくれました。まぁ、審査員を魅了してしまったベル。今日は間違いなく女王様っ!

 さて、勝ってしまいました。6時半から行われるグループ決戦に臨む前に、休憩です。とにかく話題は2つ。ベルに惚れこんでくれた審査員がグループ決勝の審査員でもあるので、これは期待できるかも知れない、と言う事。第6グループの中ではダルは存在が薄いので、中々1位は取れないのですが…。  そしてもうひとつ。それはサラゴサ在住のダルのブリーダー、さぁまだやっと20代後半に差し掛かったかのような若者なのですが、彼がリブラ・カサノバのダルを欲しがっていて、声を掛けて来たそうです。しかもあろう事か既に成犬であるベルを買いたいですって?
「ばかばかしい。成犬を買おうなんて、どう言う了見なのか。チャンピオンにして産めよ増やせよにするつもりなんだよ。どういう生活をしてるの聞き出したんだけど、もう4、5匹ダルを持っているらしいんだ。どれもこれもどうしようもないダルばかりだがね。それで自分の家で飼ってなくて、車で10分ほど離れた所で檻に入れて飼っているそうだ。とんでもないよ。仔犬だって売るものか。ましてベルを? 僕たちは決してプロのブリーダーには売らないんだ、特にメスはね。檻に入れて繁殖ばかりさせる奴らになんか、絶対お断りさ 」と、ビセンスの鼻息は荒いのでした。
「可哀想に、あの子はお金に困ってるのよ。だから直ぐにお金になるようなダルが欲しいのね 」と、サルゥ。
「それにしたって、とんでもないよ! ベルを? フウ、ベルを売るかい? 」
「ノ。絶対に! 」
「あたし達はね、引き取り手を決める時、どういう生活をしていて、ある程度余裕があるか、聞き出す様にしてるのよ。でないと、可哀想でしょ、うちの子達が 」
「それでも回りまわって売り渡されてたりする事もあるんだから、気を付けないと。この間アリカンテでグループ3位になったダルは、元はバレンシアの女の子に売ったダルなんだけど、何故か別なプロのブリーダーの手に渡ってるんだ。オスだからまだマシだがね 」
「プロってどういうの? 例えば、ベットリなんかは? 」
「僕達が言うプロは最低8匹は持っていて、繁殖させて食ってる人たちの事を言うんだ。ベットリは6匹くらい持ってるけど、別にそれで生計を立てている訳じゃない。僕達と同じさ。ダル愛好家。イギリスのクラブはほとんどそう言う人たちで成り立っているんだよ。みんな家族として育てられているんだ。繁殖の為の生物としてではなくてね 」
 成る程。日本ではブリーダーを 「繁殖家 」と訳すようですが、ベジェスが目指すのはイギリス的に 「血統を守り育てる人 」の様です。あくまでもスタンダードにこだわり、常に質の向上を目指す人。まだまだダル道は奥が深いのでした。

 そんなこんなで賑やかにお弁当タイムも終わり、しばらく腹ごなしで中庭でボーっとしていると、あれ? またもやラインがいません。サルゥが慌てて探しに走ります。どうも彼女は自分の子供の位置把握観念が薄くて、こういった会場に来る度にラインが何処かへ消え、みんなで大探しをする事しばしば。しかもこのラインが、直ぐにふらふらと何処かへ行ってしまうタイプで、そういった子を持つ親であるにもかかわらず、サルゥもマニュエルもダルの競技が始まってしまうと、もうそっちに掛かりきり。今日はマニュエルがおらず、サルゥがフィリップを出すとあって、ショーの間は私が面倒を見ていたのですが…。
「あっ! あそこ! 」と、見つけたラインは、なんといきなり広場の真中でお尻を出してウンチをしだしたではないですか!
「ゲッ! 」
「ライン!! 」と、叫べども後の祭り。そしていきなりサルゥが、ラインのウンチをティッシュでグワッシ。すご過ぎる。ベルのウンチ拾い用ビニール袋を差し出しつつあった私は、ぱちくり。すかさずビセンスが、
「サルバッヘ(野蛮)な奴ら! いつも庭で犬たちがしてるのを見てるからさ。犬並みの躾しか出来てないんだ 」 あぁ、なんだか頭が溶けそう。

やっとグループ決勝が始まります。今日は第3と第6、第7のグループのみで、残りのグループは明日審査が行われます。まず第3グループ、テリア系の審査が終わり、いよいよ第6グループの出番です。犬種の名が呼ばれ一堂に登場。彼のヘルへ氏が審査開始。ビーグルやバセットハウンドの小型種の走りの中で、白く優雅に走るベル。ビセンスの他は皆いわゆるプロのブリーダーです。あちらこちらの大会で見かけ雑誌にも良く見る顔ぶれの中、ダル愛好家のビセンスが誇らしげにベルを引連れて走ります。全ての犬種が審査披露された後、もう1度並んで其々が極めのポーズを取ります。審査員がゆっくり前を行きつ戻りつ。最も緊張する時です。ベルはじっとビセンスの手にあるプレミオを見て動きません。

 まず3位が前に出るよう手招きで指示されます。バセットです。さて、2位は? ビーグル。あぁ、やっぱり駄目だったかな、と思った矢先、彼の審査員の手はベルを招いています。驚き、喜び、感謝、あらゆる感情が渾然となって、フウにまず、
「おめでとう! 」
「やったね、ベル! 」
「ヤッホー! 」と、サルゥがはしゃいでいます。ベルが1位のお立ち台に登ります。幅が狭いのでベルはスッとお座りのポーズを決めて、ビセンスの手のプレミオを見て動きません。残念な事にご飯を食べた後にサルゥがカメラを車の中にしまってきてしまい、このもう2度とあるかどうかの姿を写す事が適わないのが心残りです。
「あたしって、ホントに間抜けね! 」
「仕方ないわ、まさか選ばれるなんて思っても見なかったもの 」
「でも、大変。明日また来なくちゃ行けないわよ! 」と、サルゥの嬉しい悲鳴。でもまたビセンスに頼むなんて、それはあまりなのではないでしょうか。
「何言ってるんだよ、名誉のリンクに立つんだぜ。グループの名誉にかけても行かなくちゃ。でも明日の審査員はヘルへ氏じゃないから期待は出来ないけどね 」と、ビセンスはいとも気軽に言ってくれますが。明日の 「名誉のリンク 」が始まるのは午後3時からですから、朝は少しのんびり目ですが、往復6時間の旅をまた明日もやるのは、いささかへこたれる事です。家に帰ると結果を気にしていた夫から電話が。大喜びですが、明日またサラゴサに行かなくてはいけないと言うと、
「ひぇ~っ、気違い沙汰! 」との反応。ま、予測してましたが。でも、今日の晴れ舞台を見られなかったのは可哀想でしたね、本当に。

zaragoza3.jpg次の日は残念ながら3位入賞は出来ませんでした。1位はブル・テリア、2位はシェパード、3位は大型種プードル。全員プロもプロ、3位の大型プードル(初めて見たけど、ほとんど美容師の仕事? 剃られた足が寒々しい)のブリーダーは、この間のビック大会の審査員だったそうです。
「オカマ野郎だ 」と、ベジェス達は毛嫌いしているのだそう。ビックにはベルは参加しませんでした。1月の中旬に開催され、おちび達が初出場すると言うので参加しないかと誘われたのですが、ベルはちょうどお正月からセロになっていたのです。サラゴサ大会は無事セロ明けと判ったので、ビセンスがさっさと申し込んだと言う訳。ま、当然ながら仲の宜しくない審査員の下、リブラ・カサノバは刎ねられてしまった由。いろいろあらぁな、の世界。

 最終選では入賞しませんでしたが、今回でCACが2つ、CACIBが1つ取れました。CACはマドリッドのスペイン・ケンネルクラブ本部から、 CACIBはベルギーの国際ケンネル・クラブから、其々3 、4ヶ月後に正式な認定書が送られてくるのだそうです、楽しみな。一旦ベジェスの家に寄りマニュエルとも喜びを分かち合った後、日本から帰ってくる夫を迎えに空港までマニュエルが言ってくれると言うのです。何だか申し訳ないように至れり尽せり。
 空港の登場出口から出てきた夫は、思いがけずもベルの出迎えを受け破顔一笑です。飛びついて強烈過ぎるほどに尻尾を振るベル、久し振りにオジジの匂いを嗅いでコーフン! もちろん一声も吠えません。回りの人達もニコニコ。こうして犬が社会に受け入れられているのも、受け入れられるような躾をする事が前提にあるからです。身体中で喜びを表現しながら、嬉しくて嬉しくて、でも吠えないベルを見ていると、家族として共に生きる事の大事さをしみじみ感じます。

 さて、サラゴサで勢いづいたベジェスから、3週間後に開かれるバジャドリッド・インターナショナル大会の申し込みをした、とまたまた連絡が。バジャドリッドはマドリッドより更にポルトガル寄り、750キロほどもあります。さすがに日本から帰ってきたばかりの夫は動けず、到底私も無理です。
「大丈夫よ、心配しないで。マニュエルとビセンスが連れてくから。今年はマドリッド本大会が5月にしかなくて秋がないのよ。その代りがバジャドリッド大会なの。ここで勝つとスペイン・チャンピオンの必須条件を満たすのよ。これがダメならマドリッドで狙えるしね。早めに取れるに越した事がないから 」
「審査員はポルトガル人だから、まぁ、どう転ぶか判らんけど、今までのところポルトガル人の審査員にはまぁまぁ当たりがいいからね 」と、意気込んでいますが、チャンピオンにするって本当に大変な事ですね。幾らCACを取っても年に2度の本大会でCACを取らなくては、必須条件を満たす事が出来ないのですから。遠くに住んでいたらマドリッドまで行くのだって大変です。とにかくベルをチャンピオンにする、とベジェス達は何やら覚悟を決めているよう。様子の判らない私達は、彼らを信じ任せるしかありません。私達だけなら3月に開催されるバルセロナ大会に行くのが精一杯といった感じです。

 ベルは異母弟のブラッドと、車に揺られて出掛けて行きました。前日にシャンプーをされ、それとなく判っているみたい。酔っては大変なので朝ご飯は抜きです。金曜に出発し、土曜の午前中に審査。
「勝たなければ残らずに済むぞ 」と、ビセンス。サラゴサの勢いで殴りこみの感じでしたが、これは空振りに終わりました。審査員はポルトガル人、全ての賞はポルトガルのブリーダーが取ったそうです。これには多くの人から批判が出たそうですが…。
「とんでもない審査員だ! 」と、ビセンスとマニュエルはカンカン。
「どう見たってベル以上のダルなんかいないのに。ポルトガルのマロン(茶)が取ったんだよ。ポルトガル・ダルクラブの会長のさ 」
「政治的配慮って奴さ、お得意の 」と、政治が大嫌いな彼らは毒舌を吐き散らかしています。ヨーロッパのインターナショナル大会の場合は、審査員が何処の国の人かを知る事が大きな要素です。国毎でスタンダードの規定に差があり、その国の好みのダルタイプと言うのがあるので、まず申し込み用紙でその点をチェックします。例えば幾ら重要な大会でも、イタリア人の審査員だったら、ベルは連れていかない方がマシ、逆にイギリスや北欧ならいい結果が期待できる、とかね。
「まぁ、いいさ。まだマドリッド大会がある 」
「ベルはチャンピオンになる素質は充分にあるんだから、後は運の問題だ 」
 しかし、本当にチャンピオンになれるのでしょうか? どんなにコンディションを整えたつもりでいても、その時までは何とも分りません。サラゴサでのベルは本当に素晴らしかったけれど、何時も何時もああいう風に内から光り輝いて見える訳ではないのです。まぁ、とにかく次は3月のバルセロナ大会に照準を合わせて調整しなくては。そしてこのバルセロナ大会には、昨年産まれたディジーの子供達が何匹か参加し、ビセンスは“ブリーダー・クラス”に登録をするのだと張り切っています。ディジーママ、ベル、イダ、ブラッド、キティ、イネ。ベルギー大会のメンバーがもう1度勢揃いします。そして今回はジロナで勝ったペカスも参加です。その他にもメスが2匹程来ると言っていますし、それはそれで楽しみな事です。ベルもバルセロナで勝って、お姉ちゃんの貫禄を少しは見せて上げられるといいのですが。頑張ろうね、ベル!