16匹目  ベルギーへ再び



 ベルギーに行く日が近づいて来ました。ベルは毎日の運動をしっかりとこなし、食事を少し制限したのでお腹のラインが程よくすっきりしてきました。10月の最終日曜には冬時間へと移行してしまい、めっきり日が短くなります。夏時間になる時は朝の一時間を削られるにもかかわらず、日が長くなって心が沸き立つ思いがするのですが、逆に冬時間への切り替わりの時は1時間得するにもかかわらず、あぁ冬が近づいて来るんだなぁと憂鬱になってしまいます。夏の最も日が長かった時には夜の9時半過ぎまで灰明るく、散歩するにも何ら問題がなかったのですが、今は7時で暗くなってしまいこれから山道を自転車で走るのも難しくなってきました。

selwyn.jpgあれきり犬友広場へは顔を出さなくなっていたのですが、ばったり森の入り口でコレッチャさんに会いました。ベルはクゥニーと大喜びで駈けっこ。久し振りです。
「随分会わなかったね 」
「えぇ。セロだったから。それにブバがいるから行きにくくて 」
「そうそう、うちのクゥニーもやられたんだよ、ブバに。いきなり喉元に噛み付いてきて、慌てて連れて帰ったら後ろ足から血が出ていてね。まぁ、幸い大した事はなかったけど。ほら、テレサのビバもやられたんだよ 」
「えっ? だってあんなに小さい子を? 」
「そうだよ、口に咥えてぶんぶん振りまわしたんだ。男連中が7人程もいたけど、どうしようもなかったね。ちょうど連れて来てたのはアントニオの息子でね、 “ブバが噛み殺しちゃう!”って叫んでるばかりで、手も足も出せないで。テレサなんか真っ青になっちまって。とにかく大変な騒ぎだったぞ 」と聞かされ、びっくり。とうとうブバは本領発揮、しかもベルという相手がいなくなって、その鬱憤が他の子達に向かって行った様なのです。ベルの仲良しビバは白のウェスト・ハイランド・ホワイト・テリア。そしてこのところ新しく仲間に加わった可愛いメスのハスキー 「タカ 」も、餌食に。未だ6ヶ月くらいのタカに噛みついたらしく、タカはこの後暫らくトラウマで他の犬を恐がって可哀想でした。
 まぁ、そういう話も聞いて少し溜飲が下りたと言うか、私たちが過剰に反応していた訳ではないという事が証明された様なので、ちょっと犬友広場にも顔を出す事にしました。でもブバには出きるだけ遭わない様に、彼らが連れてくるのは8時半頃なので、私たちは7時半頃に行き、ブバが来たら引き上げる様に接触を絶つ努力をします。ベルも他の子達とは仲良く遊びます。

 やがて、犬友広場の中心的人物の一人でもあったテレサが、長年の夢だったマジョルカ島への移住を決定、引っ越してしまって犬友仲間の顔ぶれも変わってきました。エバが抜け(但し時々は連れて来ている)、ペラおじさんが抜け、テレサもまた。でも、夏は森を歩いていたモンセがやはりこのところ広場に戻るようになり、彼女とコレチャさん、時々来るエバとパンタ、マノロたちとお喋りをするくらいです。マノロのトビーは他のオスが来るとやはり揉め事を避ける為に、直ぐ帰ってしまいます。森に全然連れて行ってやらないのは可哀想な気がするのですが、
「引っ越してきて、始めて森に連れて行った時に、私が転んで踝を骨折したの。マノロったら冗談だと思っててね。違うわよ、ポキッて言ったもの、って言っても信じないのよ。病院で医者が折れてますね、って言ったら、エーッ、ホントだったの?ですって。全治6ヶ月で酷い目にあって、それから恐くて森に入ってないの 」と、恐がりのマリッサ。そう言えば今年の2月に彼らと一緒にスキーに行ったのですが、とにかく恐がりなので知らないコースを滑りたがらず、本当に慎重派、どちらかと言うと石橋を叩いて壊し兼ねないタイプなのでした。
 でも、夏休みに故郷のナバラに帰って田舎で伸び伸びと走ったトビーは、何と野兎を捕まえたと言うのです。その話を早速モンセにすると、
「まぁ、良かったわね、トビーもやっと森に連れて行ってもらったんだ! 」と、大受け。そのくらい、“トビーの散歩”と言うとパセオ・ガウディ往復コースのみを意味しているのでした。このマノロ一家とは、息子同士が同じ年なのもあってよく行き来があります。フウに言わせるとエネコは 「真面目過ぎてちょっと面白みに欠ける 」のですが、お行儀は良いのです。両親が大学教授で、其々美術系なのに(彫刻家と中世美術史)あまり奔放さはなく、如何にも先生の子と言う感じがします。フウとはエライ違い。

 さて、広場でクゥニーと遊んでいると、ブバがやって来ました。クゥニーは可哀想にブバを見た途端に震えだし、尻尾を股の間に完全に入れこんで動けなくなってしまいました。ベルは寄らば噛むの構え。息子が連れて来ているのですが、さすがに皆に煙たがれているのが解るらしく、特に私とコレッチャさんが実にイヤーな顔をした筈、放さず繋いだままです。ブバはダル2匹を見つけて力いっぱい飼い主なんか引きずらんばかりに喚き吠え。本当に嫌な感じ。馬鹿が移る、とばかりに早々に引き上げます。
 ベルは以後ブバを避ける様にしていましたが、クゥニーはこの後も標的にされ、さすがのコレチャおじさんも怒ってブバに蹴りを一発。慌てて追いかけてきたアントニオに、
「悪いけど、蹴りでも入れなきゃどうしようもないんでね 」と注意勧告を与えたとか。さすがのアントニオも言い返せなかったそうです。いい気味。
 しかし、結局私たちはもう犬友広場には行かなくなりました。実は兼ねてから感じていたのですが、この広場はもうベルには狭すぎるのです。ゴールデンの仲良し、ヘロと走り回っていたベルはもっともっとと、勢いがついて広場から道を駈け抜けていこうとしたのです。主人が慌てて追いかけ両手を広げて車を止め、無事救出。
「死ぬかと思った 」と、帰ってくるや主人は緊張が解けてぐったり。あまりにも危険なので、やはり夜も懐中電灯を点けて(こちらの自転車には日本のようなモーター式の自転車ライトはない)森を走る事になり、犬友広場とはもうお別れです。思えば3ヵ月で犬友広場にデビュー、あの500円禿げを作られたハナのお婆さんはブバのアントニオの母親だった…。やっぱり危険な親子? 犬友との付き合いはこれからも続きますが、ひとまずベルは犬友広場から退場。本格的に森の犬になります。

 しかしブバご乱心はまだ続き、そして何より決定的だったのはエバのルアーが襲われた事。ある日、マノロから電話があり、今朝、犬友広場で自動車の鍵を拾ったが、パンタのだと思うから、彼らの電話番号を知らないか、と言うのです。一体どう言う事かと聞くと、昨日の夜、ブバがルアーを襲い喉元に噛みついて来たので、それを防ごうとルアーを抱き上げたパンタの腕に、あろう事かブバが噛みついた、と言うのです。
「スキー用のアノラックを着てたから歯は届かなかったらしいけどね。その時に鍵を落としたらしくて暗くて探せないから、僕が家まで送って行ったんだ 」と、マノロ。そして今朝、その鍵を見付けたと言うのでした。早速パンタに連絡をします。
「そうなんだ、とんでもないよ。いきなり喉元を狙って噛み付いて来たんだよ。しつこく飛び掛ろうとするから、思わずルアーを抱きかかえて持ち上げたら、腕に噛み付いてきたんだ。本当にあれは危険な犬だね。飼い主の責任だよ 」と、未だ興奮覚めやらぬ様子。そんなこんなで何人かの飼い主が厳重抗議し、 「紐で繋いでおくか、口輪をする様に 」申し渡したと聞いて、
「ざまぁ見ろ! 」
「当然よね! 」と、久々に乾杯ムードが盛り上がります。フランコが死んだ時、カタラン人の多くがカバ(スペインの発泡性ワイン)を開けて祝ったと言う話を何人からも聞かされましたが、そんな気持ちのする夜でした。

 さて、ベルギー大会が近づいて来ました。まず金曜の明け方4時出発、途中でデビッドたちと合流し、フランス国境の手前でマリアを拾い、最後のサービスエリアでガソリンを満タンにします。フランスの方がガソリンが高いから、必ずここで満タンにして置くように、と言う隊長(ビセンス)からの指示。明け方の空には浩々と月が。これから延々と走らねばなりません。国境はフリー・パス同然。一応私たちはパスポートも持参しますが、EU内であれば労働許可付滞在証があれば問題はない筈。ピレネーを越えアフリカからナポレオンの言うヨーロッパへ、走っても走っても平坦で広大な国フランスへと入ります。カマログの湿地帯辺りで漸く空は明るみ始め、薔薇色に夜は明け、快晴。葡萄畑の中を高速は何処までも北へと単調に伸びています。これが太陽高速。パリっ子たちを太陽へ駆立てる憧れのロード。リヨンの原子力発電所は何時見ても私に不安を掻き立てます。タラゴナのもそうですが、ヨーロッパの原発はどうしてこうも剥き出しで野原のまん真ん中に立っているのでしょうか。日本の原発地帯若狭に生まれ育った私からすると、あまりにも無防備な姿です。忌み嫌われている存在ではないという、電気王国フランスの主張でしょうか。でもチェルノブイリ原発事故の後、フランスの報道規制はすざましいものがあったと言います。臭いものには蓋を、は何処の国でも同じか。

 やっと休憩です。時間短縮の為お弁当持参。フランスの高速は道が良い(イタリアとはエライ違い)のと、サービスエリアが充実しているのが特徴です。必ずピクニック広場が作ってあって、広々として池なんか作ってあるし。ダルたちも車から降りて、少し用足しとお散歩。足をうーんと言う感じで伸ばします。もちろんついでにお弁当も。6匹のダルが寛いでいるのは壮観です。ディジーは引退して少し太ったかな。でも相変わらず白くて胸が豊かです。巨乳ママ? ベルも久し振りにママとご対面。一瞬緊張。4匹のチビダルたちはピョンピョン遊んでいます。デビッドとビビは自分達の車では古すぎて長距離はとても無理と言う事で、ビビのお父さんの車を借りてきています。キティはがっしりしたとても鍛えらた体をしています。これは毎日デビッドとジョギングをしているからだそう。彼はコンピュータ技師で、仕事中キティは何時も彼の足元で大人しくしているんだ、と目を細めています。マリアのイネもいい体格になってきてるけど、マリアは自分は車に載ったままイネを走らせるんだそう。だから彼女は太ったままなのか。マリアは犬の美容師ですが、エキスポジション用の美容は別物で、やった事はないそう。そしてイダとブラッド。今回の子供達はみんなスポットが綺麗に入って、中々の美犬揃い。ディジーママは偉大ですね。今回はこの子たちのパパにも会える筈。もちろんベルの許婚にも! 6匹が仲良くお弁当を分けてもらっています。オスはブラッドだけなので揉め事もなく、フンフンと鼻を鳴らしながら靡くチビオスをベルは軽くいなしています。

 さらに走り、お昼ご飯。ここで主人はマリアと交代。同じルノー車を運転しているので、車の扱いは問題ありません。私が代わってデビッドとビビの車に乗ります。後部座席にはキティとイダが重なり合って私に乗っかって来ます。特にキティは懐っこく可愛い性格。イネはどちらかと言うとちょっと押さえ気味の性格かな。飼い主との接触のしかたでも違いが出るのでしょうね。マリアの所は子供が二人いますが、エキスポジションなどに興味があるのはマリアだけだそう。しかしサルゥの影響からか、マリアはとても張りきっていて、イネに賭けてる感じです。ビビたちはベルの懐っこさに惚れたと言うくらいだから、懐っこい子が育つのは当たり前かも。3時間ほどして交代、私もうちの車に戻ります。フランスを越えリヒテンシュタインに入った頃には、既に夕闇が迫り空には再び浩々たる月が。何処までも平らなこの小さな国をそれこそ 「あっ 」と言う間に通過、いよいよベルギーに。環状線を回ってやっとホテルに到着。7時ちょっと前でした。4時から延々15時間の旅。まずダルたちの用足し、食事を済ませます。
「明日の朝は食べさせないから今夜はたっぷり目にやった方が良いよ 」と、ビセンスのフォロー。なるほど。

私たちも夕食に向かいます。さすがに6匹のダルを連れて中に入る訳にもいかないので、ダルたちは車の中でお休み待ち。そしてこの食事の場で、私は心に温めてきた“スペイン・ダル・クラブ”の話を持ち出す事にしました。
「確かに今まではあなたたちだけだったから大変だったと思うけど、今はほら、リブラ・カサノバの仲間が増えたじゃない? 良い時期だと思うのよ 」
「スペインでは中々うまくいかないんだよ。誰彼みんなプレジデンテになりたがって、口ばかりで動かないんだ 」
「でも、今は違うわ。私たちはイギリスのダル・クラブやベルギーのクラブから学んでいけるわ。あぁ言う風にしようと努力すれば良いのよ。書類は私が準備するわ。イギリスのクラブの規約をお手本にしてね。少しずつ始めましょうよ。手伝ってくれるでしょ、デビッド達も? 」
「もちろん 」
「すごいわ、やりましょうよ! 」と、大喜びのサルゥ。
「それにね、他の人たちが先に作ってしまったら、もっとひどい事になると思うの。それが心配なのよ。私達で自分たちが理想とする形のクラブを目指していった方が、よっぽど良いでしょ? 」
 サルゥが私に抱きつき熱烈なキスをしながら
「よくぞ言ってくれたわ! 私もずっと作りたいって思ってたのよ、でもビセンス達が、そんなの無理だって反対するから 」
「僕達だけじゃできっこないだろ! 」
 クラブ創設に向けて全員で乾杯。その夜、ベッドに入った時はもうフラフラでした。

 翌朝、雨になっています。7時に起き朝食を済ませ、ダルたちの用足し。今日は食事は与えず、早目に会場に向かいます。日曜なので街はまだ深閑としています。会場はとある学校の体育館。運営は全てダル・クラブが行い、食事券も発行(大会申し込み時にメニューも選ぶ)し、食事を作るのもダル・クラブの会員。全てボランティアです。体育館の中には大きく一つだけリンクが設けられていて、まず受付で参加ナンバーとカタログ、そしてクラブからのプレゼントを貰います。毎年変わるのですが、今年はチビダルがペンキバケツに入っているお人形。ペンキの色が赤と緑あって、赤を貰います。因みに去年はダルのミニ縫いぐるみ。ちょっと白過ぎたので、私がマジックでベルに似せたスポットを付け足し、車にぶら下げています。今年は総勢110匹のダルがエントリーされています。 110匹ダルメシアン!!

 まず落ち着き場所を決め、ダルたちのお布団を置きます。フランス大会だとゲージが用意してあるそうですが、持参しない限りここにはそういう設備はありません。ベルたちは何時もの様に私たちと一緒。リンクの回りにテーブルが囲いを兼ねてぐるりと置かれていて、椅子もあるのでちょっと寛いで待つ事にします。ケージ持参のダルはその中で、車の中で待機させている人もいるようです。回りを見まわすとスペインではあまりお目にかからないマロン(レバー=茶色)が結構います。あぁ、目がチラチラしそうに一杯のダルたち。素敵!

bob.jpgクラブのお店も出ていて、ベルギーとオランダの其々のクラブがダルグッズを売っているので、早速調達に。両国のお金が使えるようになっています。私はマグカップとカレンダーを、フウはダルの刺繍セットを買いました。意気揚揚とビビ達に見せると、彼女も早速マグカップとカレンダーをゲットに走ります。ベジェスたちは例によって久し振りに会う友人たちとのお喋りに余念なく、私達もベルの許婚を探しますが、まだ現れないとの事。待ち遠しいです。
「ほら、彼女がサム(ディジーの2度目の良人。ブラッド達のパパ)のオーナーよ 」と、サルゥ。中々感じのよい女性です。イタリアから二組、一人はバルセロナでベルが負けた例のベットリ。もう一人は黒のスーツで決めたイタリアの伊達男と言った感じのアントニオ。双方ベジェスとは顔馴染。私も知らぬ顔ではありませんから挨拶だけは何とか。イタリア語だし、双方ある程度は分るのがまぁ救い。セルウィンのオーナーのモーガン氏にも紹介してもらいます。恰幅のよい穏やかな感じの方ですが、肝心のセルウィンは車の中で待機中らしくまだ見る事ができません。和気藹々のうちに大会はオス部門から始まりました。

 まずオスのパピー。ビセンスとブラッドが登場です。頑張れ! 結局、今回ゴドーのペカスとは申込みのみで参加しませんでした。家族の調整が付かなかったそう、遠いですしね。ブラッド(IDEM RAIM DE LA LLIBRA CASANOVA)とペカス(INFORMAL DE LA LLIBRA CASANOVA)も含めてオスのパピークラスは7匹がカタログにエントリー、残念ながらブラッドは3位入賞は果たせませんでした。でも見劣りなんかしてはいません。ジュニアが終わり、いよいよオスのオープン・クラス。最も競争の厳しいクラスです。16匹が出ます。中には華奢なオスもいますが、大体において体格は良い方。カタログと照らし合わせるとやはり華奢かなと思うのはイタリア、フランス、そしてユーゴスラビアのダル達の様です。審査員はミセス・ブレンダ・スミス。1日かけて110匹をたった一人で審査するのって、大変な事ですね。中でも堂々たる風格を見せているのが待ちかねた
SPOTNIK’S SPECIAL SELECTION 、ベルの許婚!
「あの子よ、あの子! セルゥインよ! 」と、サルゥは既に興奮状態。
「ちょっとパパダ(喉もとの弛み)があるけど、見せ方を良く知ってるから、ほら首を上にかなり引き上げて見せてるだろ? あれでかなりカバーしてるよ 」と、ビセンスが解説してくれます。うーん、中々の美犬じゃない! 性格はいたって大人しそうです。これも相手を決める重要なポイント。
「スポットも多すぎないし。オスとしては頭が大きくはないけど、ベルはメスとしては大き目の頭だから、別に頭の大きなオスを探す必要はないしね 」と、マニュエル。つまり、不足部分を補足させる目で探さなくてはならないのです。

 セルゥインは見事このオープンクラス(16匹エントリー)で1位になり、チャンピオンクラスの勝者と争う事に。そしてチャンピオンクラスにはブラッドたちのパパ、サム(CH STARLONG SAM、 CH.GAYFIELD CHARLS BROWN の息子)がいます。そしてここではオープンクラスとチャンピオンクラスの間にElevageと言うクラスがあって、ちょっと不思議。ここで主人がカメラの電池がないと言い出し、
「エーッ! 肝心の時になんで? 」と非難ごうごう。ちょっと買ってくると出たきり、ちっとも戻ってきません。嫌な予感。外は雨、知らない国の日曜日…。ちゃんとここに辿り着けるのかしら。きっと意地になって探し回っているのかも。

 ところで私達の隣に、随分と小振りなオスがいて、何だかショールなんか掛けてもらって過保護なのですが、ベルにフンフンして 「ガウッ 」と一括され、すごすごと机の下に隠れてしまいました。このオス、私から見ればパピーかジュニアの感じなのですが、ちっとも出場しないのです。出ない犬が来ている訳はないので、
「もしかしてチャンピオンクラス? 」
「エーッ、こんなのがぁ? 」なんて、口の悪い親子で言い合っていると、まぁ、ほんとにチャンピオンクラスに出て行くではありませんか。嘘でしょ、って感じ。飼い主は感じの良いにこやかなおばちゃまでしたけど、犬はちょっと頂けない。ベジェス達の辛辣な事は私たちの比ではないので、ご想像あれ。9匹の中、1度目の選抜で刎ねられ、またもや机の下のベッドに隠れて不貞寝。まぁまぁ、気持ちは分かるよ。しかし前回の最優秀犬(BOB)を取ったサムも、残念な事に今回は3位入賞を果たせませんでした。
「うーん。今回はちょっと飛ばされちゃったねぇ 」
「ま、審査員次第だからなァ 」
 チャンピオンの後にはベテランクラス。全てのオスのクラスが終わったところで、今大会の最優秀オスの決定戦です。見事セルゥインが勝ち、ベルの許婚は1 等賞! 何だか嬉しく、みんなで拍手! しかし一昨年はモーガン氏のチャールズ・ブラウンがBOB、昨年のBOBはチャールズ・ブラウンの息子サム、今年はセルゥィンがBOBと、モーガン氏はニコニコです。
 ここでお昼になり、ダルたちは車の中に移動させた方が良いという事に。外は雨。未だ主人は戻ってきません。仕方なくデビッド達の車に入れてもらうしかない、と腹を決め外へ出たとき、タイミングよく主人が返って来ました。お店なんかみんな閉まっている日曜の街をぐるぐると探し回り、駅で無事に電池をゲット。責任は果たしたぞ、と晴れ晴れとした顔をしています。よかったよかった。

 さて、大会の申し込みの時に‘チキン’か‘ポーク’と言うメニュー選定が既にあって、私達は‘チキン’を申し込んでおきました。会場になっている体育館の横に食堂室があって、そこにテーブルがずらっと並べられています。ビセンスが仲良し達と座ろうと言うので、奔走しています。イタリアやフランスから来ているダル友たち、そしてオランダ、ベルギーのダル友たち。ベルの許婚“セルゥイン”のオーナー、モーガン夫妻(2人とも立派な体格)も、私達と並びに座って、2人は英語が達者(モーガン氏はイギリス人、夫人はオランダ人)なので、英語の出来るビセンスと、主人が何とか間で話を繋げます。私は面倒な事になるとフウを頼る(彼の英語が一番)事にして。私の横にはデビッドやビビ、向かいにマニュエル、サルゥ、マリアと、英語が苦手組みがワイワイでかいスペイン語で騒いで場を盛り上げます。もっともマニュエルはフランス語が出来るので、ベルギーのダル友とはOK。食堂室には何匹かダルも連れられて座っていますが、大人しくひと吠えも聞こえません。食券を持って並び、次々とお皿に満たしてもらっていきます。これらも全てクラブ会員のボランティアで行われているのです、素晴らしいですね! 私の中でスペイン・ダル・クラブの構想が静かに固まっていくのを感じました。問題は主人。どう説き伏せるかです。残念ながら我々日本人の中にはボランティアと言うものが根付いていないので、抵抗が強いのです。自分の時間を割く? それでなくても時間の遣り繰りにキリキリしてるのに? そうです…。

 かつて主人はバルセロナ日本人学校補修校の校長として2年間、ボランティアに携わった事があります。毎週土曜日、インターナショナル・スクールや現地校で学ぶ小中学生の為に、父兄のボランティアによって運営されている補修校。毎週金曜の夕食時になると、連絡事項や打合わせの電話が次から次へと鳴り止まず、殆ど家族と食事が出来ないほどでした。そして、この時つくづく感じたのは、日本人にはボランティアと言う考え方が根本的にない、という事です。誰かがやってくれるだろう、と皆が考えている。そしてそんなのは暇な人がやれば良い、と思っているのです。ですが、暇な人というのははっきり言って能力のない人が多い、というのも本当の事です。スペイン人の母親などは、クラスが始まると皆な開放された顔付きでお茶を飲みにお喋りに行ってしまい、もっとも暇な彼女たちが、日本語が分らないと言う逃げ口上の元、一番何もしない、出来ない人たちでもありました。そして日本人はどんなに小さな世界にいても派閥を持ちたがる人種なのかもしれない、と言うのも私達の実感でした。それだけ自分に自信のない、人間的に成熟していない人が多いのです。何かに帰属していないと不安で仕方のない、自我の無い人たち。そんなボランティアの苦い経験から、主人が良い顔をしないのは予想が出来ます。でも? まぁ、色々と考えてみましょう。例えばデビッドやビビ達。新しいダル友が増えれば策も増えるに違いありません。

 さて、昼食に出た‘チキン’はとても美味しく、そしてこの時其々持参のお酒がどーんとテーブルに出てきます。もちろんフランス、イタリアのダル友はワイン持参。次々に栓が抜かれます。ビセンスもちゃんとスペインらしいワイン 「サングレ・デ・トロス(牛の血) 」と、ブランデーを持参。フランスのダル友から主人は赤ワインをプレゼントされてご機嫌。私は手製のフルーツケーキと餡子入りアップルパイとマロンパイを。外は雨ですが、この中は暖かく、其々コンペティションがあるとしても、少なくともダルに基づいてここに集った人たち皆なの心が繋がれているのだと思うと、本当に優しく豊かな気持ちになるのでした。

berga.jpg 和やかなうちに食事が終わり、午後はメス部門です。まずはおチビ軍団から。イダ(IDA DE LA LLIBRA CASANOVA)をビセンスが、イネ(INEDITA DE LA LLIBRA CASANOVA)をサルゥ、キティ(IMMORAL DE LA LLIBRA CASANOVA)はデビッドが、3匹の姉妹が並びます。13匹のチビメスちゃん。チビちゃんたちは皆まだピョンピョン跳ねたり、飛びついてプレミオ(ご褒美)をおねだりしたりと、微笑ましい。走るのだって口を開けさせるのだって、用意ではありません。キティがとても綺麗に立っています。体も出来ていてパワー十分に見えますし。イダは割に小振りな感じがするし、イネはちょっとパワーが足りなげにも。しかし、この中で3位に入賞したのはイネでした。プレゼンテーションしたサルゥが親指を突き立て喜びのポーズ。本人も驚いたみたいです。マリアはもう天にも舞い上がらんばかり。 「リブラ・カサノバ 」の新しい世代の幕開けです。

 さぁ、オープンクラスの始まりです。15匹のダルの中にベルの姿が。私たちが始めてみる桧舞台です。ベルは13匹目にエントリーしているので、審査までには未だ時間があります。審査員のスミス女史はとても丁寧に、一匹一匹触診し骨格を確かめ、腰にタメがあるかどうかぐいっと押え付けます。これで腰がくだけてしまうようなら運動不足。歯並びを見て、顔の前でプレミオを持っているかの様に左右に動かし、ダルの目の動き表情を確認します。必ずオーナーと少しお話もします。1匹が終わると、その1匹は列の後ろへと移動し、順々に移動していくのですが、ベルったら近くにいた委員会のお爺ちゃんに頭を撫でられてご機嫌で、座り込んでお代りパンチをしてお爺ちゃんたちに大受けしているのが見えます。まぁ! まだ順番が来ませんからビセンスもリラックスしてこのお爺ちゃんとおしゃべりしていますが、サルゥは例によってヤキモキ。
「ビセンスったら、またおしゃべりしてる! ちゃんと綺麗に立たせないと! まったくもうっ! 」
vicense.jpg でも、座り込んで頭を撫でてもらってるベルも、これはこれでまた可愛いのでした。ビビも、
「ほら、あれよ。ベルのあのポーズ。ホント夢中になっちゃうわよね 」
 さてさて、ベルの番です。もうフウも主人も、私も、心臓は飛びでんばかりにドキドキ緊張の極地。とても綺麗に立っていて、何だか我が娘の晴れ姿にほろっときてしまうのでした。15匹の中まず第1次選抜が行われます。8匹が選ばれ、その中にベルも。ひとまず、ホッと全員が安堵の溜息。サルゥとマニュエルがもう横でヤキモキヤキモキ。スペイン人はヤキモキする時は決して黙らないので、まぁ賑やかにヤキモキヤキモキします。

 さぁ、第2次選抜です。ここで半数が落とされるのです。あぁ! スミス女史がダルたちの前を行ったり来たり、ちょっと離れた所から全体を見、そして最後に一列に並んだダルたちの前を通りながら、選んだダルを指差して前に出てくるように指示します。1匹、2匹、3匹、永遠にも続くかと思われる最後の瞬間、ベルの前を通ったスミス女史の指がベルを指差し、さぁ前へ。ちょっと嬉しそうに笑みが漏れるビセンス。私たちの心臓はもう限界状態。ここまでベルが残ってくれたなんて! 後の3匹は全てマロン(茶色)で、小振りです。もう1度会場を走ります。ベルのゆったりとした余力を残した走り、力強く優雅です。残念ながらベルは4位。3位入賞は果たせませんでしたが、ベルの許婚のオーナー、モーガン氏から、
「未だ2歳になっていない若い子だからね。来年がとても楽しみ 」と言われ、ビセンスは大満足。もちろん私たち一家は無論、スペイン組全員が、
「あぁ、ベルには一番ハラハラさせられた 」と、大きく溜息をついたのでした。

casanova.jpg メスの最優秀賞はチャンピオンクラスの勝者が取り、セルゥインとそのメスで今日の最優秀犬を選びます。その前にカップルクラス、グループクラスがあり、最後がブリーダークラス。ディジー・ママの後に子供たちが続いて登場します。ビセンスがブラッドを、サルゥがイダ、主人がベル、デビッドがキティ、マリアがイネ、そしてマニュエルがディジー・ママ。総勢6匹のリブラ・カサノバのファミリーです。このクラスに出せるのはブリーダー冥利に尽きるのではないかしらん。引退が早かった感のするディジーですが、彼女の子供たちの中から次のチャンピオンが育っていくのかと思うと、ご苦労様と撫でてあげたいですね。始めてベルを率いた主人も少し興奮気味。皆の中に其々素敵な思い出を残した大会でした。

そしていよいよMR(BOB)の審査です。メスはちょっと頭が小さめで顔がとがった感じがしますが、体はしっかりしていますしスポットも綺麗です。セルゥインと2匹が並んで最後の審査。セルゥインはまだ2歳になったばかりだというのに、さすがに小さい頃からあちらこちらの大会に出されていて場慣れしています。とてもよく訓練されていて、首を伸ばし気味に前方を真っ直ぐ見たまま微動だにしません。大人しそう。このセルゥインはブリーダーである SPOTNIK(ノルウェーの名門)と、モーガン氏が共同オーナーになっていて、モーガン家で通常は暮らしていますが、北欧で大会があるときは親元へ帰り、そちらから出場し、かなりの出場数をこなしています。今ヨーロッパでもっとも注目を浴びているオスは、このセルゥインではないでしょうか。その前はサム(ディジーの2度目の良人)が、そしてモーガン氏のチャールズ・ブラウンが其々ひと時代を築いています。ただオスの場合は、掛け合わせをしても自分の血統名の子供が残る訳ではないので、やはり良いメスを育てる事の方が重要だ、とベジェスは言います。犬の世界は母系制度そのものなのです。
「よいメスを育てれば、オスはある程度選り好み出来るからね 」
 少なくともモーガン氏に嫁としての器量はある、とベルを認めてもらったので、ウフフ。ムフフ。そしてこの日のMRはセルゥインが勝ち取りました。おめでとうセルゥイン! ベル、素敵な許婚に乾杯!

 さぁ、110匹のダルが集った2000年のベルギー・ダル・クラブ大会も無事終了しました。最後まで別れを惜しむお喋りに余念のないビセンスとマニュエルを残し(これはこれでブリーダーとしての彼らにとって有用な事です)、サルゥ、ライム、マリアがデビッドの車に乗り、先にホテルに帰る事に。私は緊張からの解放がどっと出て、ほぼ限界状態。その夜は起き上がれず夕食もパス。翌朝、1日でまたバルセロナまで走るベジェスとデビッド達は早立ちし、もう1泊する私たちとは顔を会わせないままになってしまいました。アー、疲れた。

 翌日は折角ですからブルッセル観光です。チョコレートも買いたいし、小便小僧も見てみたいし。ベルの散歩もさせなくては。ブルッセルは街の中に豊かな森があり、紅葉の季節を迎えた樹々が黄色く染まっています。落ち葉を踏みしめながら歩く散歩はしっとりと落ち着いて、昨日一日中降っていた小雨も今日は晴れ上がり、落ち着いた枯葉色のヨーロッパの秋という感じがします。ベルの散歩を済ませてから、主人の例の建築ツアーに。ブルッセルに来たらまずこれとこれ、と決めていた作品を見て回ります。ホフマンのストックレイ邸を捜し求めて、信号がなくロータリーをくるくる回らされていい加減方向感覚のなくなったところで、
「あ、これだ! 」と、ブルジョア的優雅さを放つ大邸宅を発見。武器商人のお館だったとか。全体に張り渡された青銅色に染まった大理石が時代を経た落ち着きを見せて、出来た当時より優雅さを醸し出しているのではないかという気がします。主人はあちらこちらからと角度を変えて建物を眺めウロツキ回っていますが、フウと私はもう馴れっこ。これは中々に見てよかった、という建物でした。もうひとつの目標はオルタ美術館ですが、こちらは月曜が休みなので明日開館と同時に見て、ブルッセルを後にしフランスはナンシーに向かう予定。まずはひとつの目標を達したので、午後は私たちの観光に。グラン・プラスに行ってお茶を飲み、お店を覗いて回ります。ベルと広場を歩いていると日本人観光客のオバサンに囲まれ、
「きゃぁ、ダルメシアンよ! 可愛い 」と、騒がれベルは早速座って頭を撫でてもらう態勢に。
「いい子ね。お手。あら、日本語わかるのかしら 」
「日本人だからわかりますよ 」と、おばさんパワーに呆れ気味だったフウが一言。日本人じゃないと思いつつ日本語オンリーで私たちに話し掛けてた訳? 
「世界で一番野蛮な勇気があるのはオバサンかも 」と私が言うと、
「お母さんも近づいてるよ 」
「あら? 」


bosuque.jpgチョコレートをお土産に買って、小便小僧を見にぶらぶら。それは思ったよりも小さくて、何気なさ気に街の角で放尿を続けているのでした。
「これ? 」
「こんなのに服を着せて喜ぶ奴の気が知れないね 」と、拍子抜けで毒づく我々なのでした。その街の古い版画を買うのを楽しみにしているので、小さなお店で骨董の地図やカテドラルのある風景画を探します。ヨーロッパの街なら何処にでも必ず教会はあるし、それが組みこまれた版画があるものです。絵葉書類を買うよりもそういったものを探して街を徘徊するのが私たちの楽しみなのです。このお店で、ブリュッセルのカテドラルが描かれた版画と、シャム猫の紫のエッチングを見つけ、これで今回の旅のお土産はお終い。
 翌日のオルタ美術館も、これの為にこの時間までブリュッセル滞在を引っ張ってきたというのに、ちょっと期待外れ。アールヌーボーの装飾性、鉄の柱など革命的な建物だったのかもしれないけど…。ブーイングを残しつつベルギーとはお別れ。ベルとフウは2度目にしてブリュッセルの街をやっと見た事になります。昨年はホテルと会場のみでしたものね。また走って今日じゅうにナンシーまで移動です。

 犬を連れて旅する場合、まずホテル探しが難問です。ナンシーに着いたのはもう7時を回っており、アールヌーボーの建築があるとは知っていましたが、まぁパリと違って田舎の都市の事だしね。なんて、ナンシーを舐めてかかっていた私たちは、ふっと迷い込んだ中央広場に堂々たる金ぴかの宮殿がライトアップされているのを見て、びっくり。ホテルなんて簡単に見つかると思っていたのは確かに甘かったかも、と反省。何とか主人が駅近くの安ホテルを確保。犬は割増なんて言われましたが、部屋までOKだし、一晩だし、何とか我慢。しかし外国ナンバーの車を路上に止めるほど、私たちはお人よしではありません。ひとまず駅の地下駐に。その後ベルを連れてぶらぶら食事に行きます。フランスは大概のレストランで犬を受け入れてくれるので助かります。今回の旅行中、ベルは殆ど私たちと一緒にいて、お裾分けが貰えるので嬉しそう。

 翌朝、まずはベルの散歩の場所探し。金ぴか広場を通り抜けたちょっと外れに大きな公園があり、そこで放してやります。ベルの食事も済ませ、次は私たち。金ぴか広場のカフェに入って、クロワッサンとカフェ・オ・レの朝食。う~ん、フランスはパンが美味しいので幸せです。広場に面した所に観光案内所があり、主人が資料を貰いに行き、興奮して帰ってきました。
「ここがアールヌーボーのガラス工芸の街なんだってさ! ガレが作った“エコール・デ・ナンシー”っていうガラス工芸の学校があったらしいよ。案内所にガラスのお土産もあるよ 」と言うので、ベルはフウに任せて早速見に行きます。そう言えば街の至る所に、複製品だとは思いますが、アールヌーボー期のランプがあって、そのガラスの色合いが美しいのでした。思いがけない収穫。20世紀初頭、アールヌーボーが一斉を風靡した時代、この街はその運動の中心の役割を果たした街のひとつだったのです。その後見に行ったマジョレーユ邸も素晴らしく、ブリュッセルのオルタの期待外れを補って余りあるものでした。残念ながら邸内には入れず、今は役所の管理下にあるらしくて、
「日本からわざわざ見に来たんですが 」と大法螺を吹いても、
「許可書がないとダメ 」とにべもない官僚的お答え。
「スペインだと遠路遥々来たって言うと、結構通じるのになぁ 」と、主人は未練顔。さぁ、日も長けてきました。残念ながら時間切れで、急いでバルセロナへと向かわねばなりません。ですがナンシーの出口で工事の迂回に回されているうちに、何処がどうなったのか道を外れ、何だかどんどん田舎道へと様相が変わっていきます。不安の募る中、とうとう一本道になってしまいました。勇を決してレストランに止まっているトラックの運ちゃんにチンプンカンながら 「ディジョン? 」はこの道かと、地図で訊ねると、
「スイスだよ、こっちは 」と言う答え。エーッ、フランスとスイスって隣り合ってるんでしたこの辺りでは。引き返すか、それとも山を左へと横切るか。
「よし、山を超えよう 」と、主人。後は地図と首っ引きで曲がる所を間違えない様に、慎重に走るのみです。無事ディジョン方面の標識を見つけ、やがて高速に入った時には肩の力が一気に抜けました。事故もなくバルセロナに無事帰宅。延々と走った3600キロの旅、お疲れ様でした!


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