14匹目  ブバとの確執


このところ私たちを悩ませていたのは、茶ラブラドール「ブバ」の存在でした。同い年なのですが、気の強いカタラン女そのものみたいなブバは、押さえつけようとしても言う事を聞かないベルを、この春先から眼の敵にし始めました。他のメスたちは最終的にブバの押しの強さでやられてしまうのですが、ベルは体力的にも気力的にも負けていないので、ブバを明らかに馬鹿にしています。それがまたきっとブバの気に入らないのでしょう。例えyayo.jpgば、ベルがクゥニーと仲良く遊んでいます。2匹は一言も唸りもせず、ただひたすら駈けっこをしていて楽しいのです。そこへブバがやって来ます。ベルが他の子と遊んでいると必ずその真ん中へ、口に何か、棒切れでもプラスチックのペットボトルでも、とにかく何かを咥えて、ズイと身体を斜めに入れてきます。ベルとクゥニーはまだ一緒に遊びたいので、何とかブバから離れようとするのですが、ブバがそれを許しません。グイグイ、ズイズイ。結局クゥニーは怖くなって腰を引いてしまいます。残るベルは明らかに迷惑そうな顔を露骨に見せているのですが、口に咥えた棒切れなどをちょうど、「ほれほれ、羨ましいでしょ、あんた」と言っているかのように、あばずれたブバが太って締まりのない身体をぶるぶるさせながら挑発してくるのです。ベルは最初は首を右に左に振って避けようとするのですが、どこまでもしつこいブバに結局堪えきれなくなって棒切れを取ろうとします。すると、ブバが唸るのです。非常に下品な行為だと私は思うのですが、ブバの飼い主はそうは思っていない、と言うか全く見ていない。で、ベルが止めようとすると、またもやブバが挑発に来るのです。そして徐々に熱くなって来た2人はぶつかり合うのですが、これもブバが執拗にベルを押し込め様として、最終的にかなり険悪な事になって行くのです。
 あまりに執拗なので、ベルが怪我でもしては大変だからと私たちはかなり神経質に見張るようになりました。事情を知っているモンセなどは気の毒がってくれるのですが、大概の人はそれがブバの陰湿さだとは考えないで、
「遊んでるだけなんじゃないか」
「ちょっとガン付けてるだけだよ」なんて言う人が殆ど。被害にあっていないコレッチャさんや、パンタなんかもそう考えている様です。ですが、私たち当事者にとっては不愉快な思いを重ねるのも嫌なので、広場で時間がかち合わない様に避けるしかありません。とにかくベルが怪我でもしたら大変です。少し早目に出かけ、もしブバが来たらベルは繋いで場所を変える様にしていました。ブバの飼い主たちが気にも欠けていないのが一番の困りものです。私たちが過剰に反応しているとしか思っていないのです。

 ある日の午後、ブバが広場に居るのを認めた夫は、広場には上がらずパセオ・ガウディを歩いて森の方へ抜ける事にしました。ベルは繋いだままでした。そこへ上の広場からベルを見付けたブバが、一直線に走ってきたかと思うと行きなりベルの喉元に噛み付いたのです。幸いベルはとても分厚い皮の鋲付き首輪をしていたので、皮膚に至る事はありませんでした。ですが驚いたのは夫も同じ、驚くと身体が直ぐに反応するのもベルと同じ。でぶったブバの腹に向かって一蹴。広場から慌てて駆けつけてきた飼い主のアントニオがそれを見て逆ギレを起こし、
「なんでうちのブバを蹴るんだっ!!」と、掴みかからんばかりの勢いで怒鳴り散らし、夫の方にグイグイとぶつかってきたのです。アントニオは身長は180 センチ程ですが、体重の方も90キロは超えてそうなブバ的体格。ですがうちの夫だって身長は183センチ、体重は81キロと、日本人としてはちょっとした体格。しかも一応、柔道初段。
「思わず、こいつ投げ飛ばしてやろうかと思ったけど、何とか押さえたよ」と、憤懣やるかたなしの夫に対し、アントニオの捨て台詞が、
「この日本人野郎め!」
「結局そうなんだよな、あいつら口では何だかんだ言っても、結局はナショナリストなんだよ。つまんねぇ野郎だ」と、喧嘩になると江戸っ子弁に戻ってしまう夫。とにかく回りはスペイン人ばかり、どうしたってみんな向こうの肩を持つのは仕方のない事だと、取りあえず関わらない様にするしかありません。そんな風に考えると淋しい気持ちもするのですが、外国人が味わう根本的な悲哀はこんなところにあるのかも知れませんね。結局孤立しているのではないかと言う思いが付いて回ります。だからこそ、家族が最も大事なのです。この国で私たちを守ってくれるのは、私たち家族でしかありません。何処にも逃げ場はないし、救いの主もいません。我が身を守るという徹底的に最小限の事を、異国の土地でやる為には、無論知恵も必要ですが何よりも強い意思が必要なのです。ベルも私たちが守らなくては。アントニオだろうがブバだろうが、ベルを傷つけようとするものから、私たち家族でとことん守ってやらなくてはなりません。
「ブバはマーキングしたがりなのよ。相性の合わない犬って必ずいるものよ」と、この辛い時期に唯一理解を示してくれたのはモンセでした。もう一人気を付けるように注意してくれたのは、メスのゴールデンレトリバー「ネウ」の飼い主でした。ネウは初めてのセロが終わってからとても大人しくなってしまい、走るのも、挙句の果てには歩くのも億劫がっていて、すぐに途中でぺたりと横座りしてしまうので、ネウ夫人が「さぁ立って、ネウ。歩きなさい、歩くのよ」といつも励ましています。ベルとはかつて未だ気力のあった頃、良く遊んだ仲良しです。以前にネウ夫人が、ブバ家の子供たちのあまりに酷い言葉遣いを批判していた事があり、彼女は「飼い主があぁだから犬もあぁなるのよ」と、言ってくれます。出来るだけ上の広場に行かないように、夕方のパセオ・ガウディで彼女と話していた時の事です。彼女が、
「ネグレータにも気を付けた方がいいわ」と忠告してくれた正にその時、パセオ・ガウディの横の小さな広場から何か黒い物が飛んで来たと感じた瞬間、それはベルに体当たりをかませ、ベルが「きゃいん」と鳴いて転びました。その黒い物は直ぐに体勢を取り直しもう1度ベルに体当たりを食わせ様としましたが、その時は既にベルも立ち直っていてがっちり組み合っての喧嘩。それがネグレータでした。
「止めなさい! ネグレータッ!」と飼い主らしい女性が走ってきて、首根っこをどうにか押さえ繋ぎ止め、慌てて引き摺って行きました。一言の挨拶すらもなしに。黒のメス、ベルギー牧羊犬です。
「あぁ、びっくりした」
「あれがネグレータよ。何度も他のメスに噛み付いて問題になったのよ。うちのネウもやられたのよ。いきなり今みたいに黙って飛んできて」 「全く見えなかったわ、真っ黒で」

 あぁ、未だ心臓がどきどきしています。ベルもとても神経質になってしまって心配。何とか策を練らなくては。時間をずらすよりも場所を変える事を考えた方がいいかもしれません。悔しいけど。モンセにネグレータの事を話すと、
「私の前の犬、ティナがやっぱりよくネグレータと遣り合っていたわ。今度のオナは大丈夫だけど。相性ってあるのね」
 色々と聞いてみるとネグレータは既にかなりの悪評の持ち主で、やはり口輪をする様に他の飼い主から言われ、ご主人が連れてくる時はちゃんと守っているのですが、奥さんはしたがらない、という事が分りました。
「だってほら、口輪なんかしてると、すごく強暴な犬だろうって思われるから、嫌なんじゃない」
「だって狂暴よ」
 そして必ずいきなり黒い矢の様に喉元を狙ってくるのだそうです。ベルの赤い首輪は夏に日本で買ってきた割に分厚いもので、小さな飾り鋲がぐるっと付いていますが、ブバにやられた時とネグレータにやられた時で、幾つかこの鋲が剥がれてしまいました。恐るべし。

manel.jpg ブバとネグレータ。この2匹が現れやしないかと、何だか何時も気を張っていなくてはいけないので、散歩をしている私たちも神経質になってしまいます。犬はとても飼い主の感情変化に敏感ですから、ベルも広場でのお遊びタイムを楽しめない様でした。そんなある日曜の朝、遅目の散歩に出かけようと森に行く為にパセオ・ガウディを通りがかった時の事です。普通ならそんな時間にブバは広場には来ていない筈でしたが、ベルを放そうかどうし様かと広場を念の為に見やると、ブバらしい姿が見えるのでした。ベルは未だ気が付いていません。ベルもこの頃ブバを見かけると唸り声を上げるようになったので、それが呼び水になっては大変とばかり、私は紐に繋いだまま急ぎ足でやり過ごそうとしました。ですが、ブバがベルを見付けてしまいました。
 いきなり、ブバがベルを目掛けてあのでぶった体をぶるぶると振るわせ、歯を剥き出しながら醜い怪獣のように走って来るのが見えました。やはり喉元に噛み付こうとしているのです。私はベルをくるっと反対側に急いで回しましたが、ブバの突撃に気付いたベルは、もうしっかりと戦闘体勢に入っています。そうなった時のベルの力の強さ! ブバの一撃目を上手くかわし、続いて掛かって来ようとするブバの前に立ちはだかり、負けずに飛びかかろうとするベルを押さえながら、私は持っていた紐でブバをバチバチと叩きました。向こうから飼い主のアントニオが「ブバ! ブバ!」と喚きながら走ってきます。
「エスペラ、セニョーラ!(ちょっと待って、奥さん)」
「ノ・プエド!(待てっこないでしょ!)」と、私は叫び返すとなおもバチバチとブバの背中を叩きました。よっぽどお腹に一発蹴りを食らわせてやろうかと思いましたが、何とか踏み止まりました。
「お願いだから、繋ぐか、口輪をするかしてください! こんな危険な犬なんだから!」と、なおも飛びかかろうとするブバを押さえ込むのに必死のアントニオに、ベルに危険なビールスが移っては大変とばかりに、早く引き離そうとずるずる引き摺りながら、そう言うのが精一杯でした。繋いだままのベルにシツコク攻撃を繰り返そうとするブバを、周りにいた人達も恐ろし気に見ています。こんなに他人に迷惑をかけてるって事が、どうして判らないのでしょう。恐さは後からやって来ました。もし、ベルが噛み付かれていたら。もし間に入った私が噛み付かれていたら。

 もう広場には行かない事にしよう。ちょうどベルには広場は狭くなりすぎて来たところでした。大人になりつつある彼女は、以前の様にただただ走っているだけで楽しい女学生の時代は終わりを告げ、気に入った相手と条件が合えば遊ぶ、そんなエポックに入ってきたのです。しかも彼女には溢れんばかりのパワーがあります。それに太刀打ちできる犬は広場には殆どおらず、皆なせいぜい5分か10分ほど彼女の疾走に付いて行けるのがやっとで、ベルには物足りない相手ばかりなのでした。そして、ブバに対する私たちの態度を過剰と思う人たちがいる、という事もあまり愉快な事ではありませんでした。

 その頃ちょうどいい具合にベルの2度目のセロが始まりました。ベジェスから大体6ヶ月おきと聞いていたのに、ちっとも来ないので心配していた矢先でした。最初のセロからもう8ヶ月近く経っています。それを機に私たちは夕方も広場には行かず、森に足を伸ばす事にしました。幸い日は長くなり夜の8時を過ぎても明るく、黄昏時の散歩が楽しめるのでした。そして森を一回り(1時間半は掛かるので)する時間がない時は、フウが自転車で連れ出す事にしました。
「映画みたいね」
「うん。でも、ダルの力の強さを考えると、あぁいう風に自転車ごと引きずられるのも分るよな」と、夫。ピノ・チャンドリ近くまでは紐に繋いだまま歩道を走り、そしてカン・ボレールまでの森の道は紐を放して全速力で走るのだそうです。紐を繋いでいる間、いかにベルの力を制御するか、徐々に馴らしていきます。しかし、思ったより早く自転車での伴走に馴れたベルは、余所見もせずに綺麗に走って、その姿を見た人たちから歓声すら上がる程。やがてフウの行けない時には代わりを務めるようになった夫も注目を浴び、彼のご機嫌は益々昂揚するのでした。
「あぁ、良かったわ。ちょうどレリダの大会に出せるし、いい時にベルのセロが始まったわね」と、サルゥから連絡がありました。実はディジーの赤ちゃんが生まれたと知らせてくれたのですが、ちょうどセロなので行かない方が良いと、暫らく遠慮していたのです。今回のカマダ(お産)は何と11匹の子沢山で、みんな元気に無事に育っているそうです。
「沢山だったから小振りだけど直ぐ大きくなるわ」
「いやぁ、見たいなぁ。オスを残すんでしょ?」
「そのつもりよ。今度は間違えない様にしなくちゃ」
「あはは。エキスポジションの後、見に行ってもいいかしら?」
「モチロンよ。食事しましょうよ、一緒に」
 あぁ、11匹のチビダルなんて、わくわくしますね。何時かベルも赤ちゃんを産んだら、さぞや可愛いでしょうね。
「ベルが11匹もいると思うと、ちょっと恐いな。僕のベッドはどうなるの?」と、嬉しい夢ながら不安そうなフウ。
「あら、チビダルはベッドには登れないわよ」
「1匹は残してもいい?」
「メスをね」と、もうすっかりその気の私たち。ま、一応許婚もいる事だし。
 さて、前回ベジェスから忠告された様に森の入り口までは車で行き、最も危険な2週間目は伸びる紐に切りかえて放さない様にしました。森で会うゴルフォやトゥロン、マックスなどは気心も知れていますし、飼い主の目が行き届いているのであまり心配はありませんが、飼い主が散歩に行っておいでと無責任に放置するオス犬が最も危険です。前回その手のオジサン犬に煮え湯を飲まされたので、今回は出来るだけ家の前で名刺(おしっこ)など配らせない様配慮したお陰か、苦労なく無事に乗りきりました。

bebe.jpg6月18日。レリダはカタルーニャの中で唯一海を持たない県です。良いオリーブオイルの産地でもあり、私たちも犬友のマイテから教えられて産地直売のエキストラ・バージン・オリーブ・オイルを買う事にしています。マイテとフェランは毎年12月頃になると農園まで買い付けに行きます。2月になるとイタリアからの買い付けが始まり底を尽いてしまうからだそうです。一体にオリーブオイルと言うとイタリアが有名ですが、最も酸度規定の厳しいのはスペイン産で3%までがバージン・オイル、1%以下がエキストラ・バージン・オイル。酸度が低ければ低いほど酸化し難いので新鮮なオリーブオイルと言う訳です。その中でもレリダ、タラゴナ両県のオリーブは高品質で、アルベキーノ種と言う小粒なオリーブを搾ったものが最も良いとの事。私たちはそのエキストラ・バージン・オイル、何と酸度0,3%と言うのを食しているのですが、本当に癖のないさらりとした味です。スペイン料理に無くてはならないオリ-ブ・オイルですが、最も簡単な料理とも呼べない一品は「パン・コン・トマテ」かな? 単純だからこそ、オリーブオイルの良し足がストレートに味わえます。フランスパンでもいいのですが、本来は丸い田舎パンの薄切りをトーストし、ニンニクを擦りつけ半分に切った完熟トマトの汁気をたっぷりパンに吸わせ、オリーブオイルを垂らします。好みで塩を振ってもいいし、生ハムを乗せてもいい。ちょっとご馳走にする時は赤ピーマンとナス、玉ねぎをじっくり焼いたエスカリバーダと言う野菜サラダとアンチョビを載せるというのもあります。村祭りの時にはこのエスカリバーダにニシンの塩漬けを焼いたのが1匹、どーんと乗せられて振舞われる事もあって野趣溢れるもの。安くて美味しい地場の赤ワイン、そして力強い味わいの野菜、それを引き立たせる魚の塩気、これらをまとめる役がオリーブオイルなのです。

さて、レリダ大会。今回ベジェスの所はジョーの毛の状態が悪すぎる為出場を見合わせ、ディジーはお産の為に不可能なので、全くベルの為にだけマニュエルとサルゥが来てくれました。仔犬がいるため誰かが残っていなくてはならず、ビセンスが仔犬の世話係。今日はマニュエルがベルをプレゼンテーションしてくれ、始めての勝利! 始めてのCACです。そして前回はジョーに負けましたが、今回は彼がいないのでMRも頂き!

「これが大事だから、ちゃんと残しておくんだよ」と、ニコニコ顔のマニュエルから手渡されたばかりの評価証に書かれた“Excelente、1º、MR、 CAC”の文字にうっとり。オープンクラスではこのExcelenteが一番良い評価で、1ºと言うのは一番、MRはMejor de Raza(犬種の中の一番、英語ですとBOB)、そしてCACはチャンピオンへのポイントとなります。
「このCACが4ついるんだよ、チャンピオンには。そしてその内のひとつはマドリッドの大会で取らなくちゃいけないんだ。ホントはマドリッドの大会か、クラブ承認の大会なんだけど、ダルはクラブが無いからね」と、帰りに寄ったベジェス家でビセンスが説明してくれます。ベルの始めてのCACを祝って乾杯!みんなが喜んでくれます。良かったね、ベル。
「でも、どうしてスペインにはダル・クラブが無いの?」
「作らないかって言う話もあったんだけどね。プロのブリーダーなんかが中心になってのクラブじゃダメだ。この国じゃ難しいよ。僕たちには、とってもやれそうにないしね、時間も無いし、第一オーガナイズできないよ、分るだろ?」と、ビセンス。そういう能力が欠けているという事は、一応判ってる訳ね。
「クラブがしっかりしてるのはイギリスだね。イギリスにはクラブが3つあるんだけど、僕たちは“ブリティッシュ・ダルメーション・クラブ”に入ってて、あそこのクラブで学んだんだ。後はフランスやオランダ、ベルギーもいいけど、イタリアはダメだね、イタリアは。前にはあったんだけど、3つくらいに分裂して、其々自分の所が有利なクラブを作りたがって、最終的には今は無いんじゃないかなぁ。ラテンの国じゃ、みんなが其々にやりたがるから難しいよ」との説明に、そうかぁ、残念だなぁと言う思いが強く、そしてその思いは私の中で徐々に膨らみ始め、ベジェスを引っ張りこんで何とか“スペイン・ダル・クラブ”を立ち上げたい、と言う思いが日増しに育って行ったのでした。ですが、それが実現するのはまだまだ先の事。今は生まれたばかりのディジーの赤ちゃん達に話を戻しましょう。

 ちょうど4週間になった11匹のチビダルたち。スポットもくっきりし始め、ヨチヨチ歩きの真っ最中。もう離乳食が始まって、野菜と穀物、鶏肉(仔犬には雛鶏)を煮込んだ物を、ガーッとミキサーにかけたご飯をまぁ良く食べる事! いずれはベルもカマダをという思いもあって、見るもの聞くもの全て学習。ダルのお師匠様から実地で学べる機会を逃す手はありません。今回は夏のお産なので赤外線発熱機は使わず、楽だとの事。やはり初めてのカマダは夏の方がいいよ、とマニュエルも言います。
「最初のひと月はどうって事ないんだよ。母乳だけだし、うんちの世話なんかもママがするからね。大変なのはその後、仔犬は一遍にたくさん食べられないからこまめに食べさせないといけないしね。うんちもたくさんしだすからマメに掃除しないといけないし。もう少しすると離れに移すから自分たちで庭に出て用足しできる様になるからね」と、目を細めているビセンス。
「やっぱり庭がないと大変かなぁ」
「その時だけひと月くらい庭のある家を借りる手もあるよ、バカンスの時にね。もし他になかったらうちで産ませてもいいんだし」と、マニュエル。彼はとてもベルのカマダを気に掛けてくれているのです。自分の手元に残したかったのはベル、だからなのかしら。
「ベルもこんなだったよね。いやぁ、1年でこんな大きくなるんだもの、嘘みたいね」

 チビダルたちは其々目印に色の違う毛糸で首輪が編んであり、色とりどりに中々似合っています。
「ね、ね、どの仔を残すの?」
「まだ決めない。この間は早くに決めて失敗したから、今度は10週になるまで待つんだ」と、ビセンス。
「そうそう、今度は間違えないぞ」
「そうよ、でも、みんなとっても良いダルなのよ。今度は目の色も違わないしね。ベルに似たスポットの子を選ぶわ」
「本当にベルではエライ間違いをしたからな」と、みんなベルを心の底から可愛がってくれるのです。引き取り手の申し込みは幾つもあるのですが、最終的な決断はもう少し様子を見てからとだそうですが、ビラサール・デ・マールに住む若いカップルがメスを、サルゥの姉のマリアがメスを、それからマドリッドからの申し込みが2件、何と我が街サン・クガットからも2件の申し込みがあって、これは夫が自転車でベルを走らせている姿に憧れてダルを飼う事にしたという、言わばベルと夫は“走る広告塔”?を、立派に果たしていたのでした。以前エキスポジション会場で申し込みのあった人が漏れているようなので聞いてみると、
cinia.jpg「彼らはプロだからね。檻に入れて育てて、運動もさせないで次々掛け合わせるような、そんな所には絶対に渡さないんだ。貰い手はよくよく吟味しないと。金に困っているような所へ、やるわけにはいかないしね。どういう所に住んでいるのか、家族として可愛がってもらえるのか、ちゃんと調べてからじゃないと、とても渡せないよ」
「君たちにあげるのだって、ホントは最初は迷ったんだよ、日本人だしね」
「イギリスのクラブでは日本人と韓国人には犬を売るなって、禁止されているんだ。犬の飼い方が問題になってるからね。で、時々間にブローカーのようなイギリス人が入って、自分が買う振りをして、実は横流しして日本に売るらしいんだよ」
 まぁ、こんな所でも日本人の悪名が馳せているとは驚きですが、私も日本に住んでいたら犬を飼う気になったかどうか、一日じゅう繋いでおかなくてはいけない飼い方に、私自身が耐えられたかどうか。友人の家に飼われている犬は、小さな前庭の小屋に繋がれて、朝夕ほんの30分程の散歩しかさせてもらえません。従姉妹の家のミニ太郎も似たり寄ったり。私たちはベルに出会えて幸せだけど、ベルも私たちに出会えて幸せだよね?

 そしてこの日、悲しい知らせがありました。リブラ・カサノバの子が事故で死んだという連絡が入ったのです。山の別荘に連れて行って放していたところ、車に撥ねられてしまったそうです。嘆く飼い主にサルゥが、
「今ちょうど仔犬がいるのよ、よかったら見にいらっしゃい」と、慰めています。お祖父ちゃんのコスモスもガンではありましたが12歳まで生き、10歳になるドゥルスバもまだまだ元気で、ベルだって長生きするものと決めてかかっていましたが、どんな事が起きるのかは分らないのですね。ベルの6匹生まれた兄妹のうち、目の色の違うメスもこの春に毒物を食べて亡くなっています。
「とにかくダルは何でも食うから、森の中でおかしなものを拾い食いしないよう気を付けないと。どうも誰かが森に鼠捕りのようなものを撒いたらしいんだ、ひどい事をする奴がいるもんだよなァ」
 ウッ、ベルだってこっそりよく何か拾い食いしてるし。車の前に飛び出して冷や汗をかいた事も、2度や3度じゃないし。あぁ、オソロシや。やんちゃな子には危険も一杯なんだわ。自戒しなくては、とベルを見るとまたまたシニアと派手に遊んでいます。ベル、お前が一番反省しなくてはいけないのよ!

 さて、セロも終わり、レリダ大会も終わり、夏休みが近づいて来ました。夏休みに入って直ぐ、今年もフウが一人日本に一時帰国。今年は私が帰らないので、ベルの世話は夫と2人で受け持ちます。もう犬友広場には顔を出さず、ひたすら森へ森へと。朝は10時までには帰ってくるようにしないと、熱くてへばってしまいます。水を持って森の途中で一時休憩。走り回った後はベルも舌をべろりんと出してヘロヘロ。土を掘って少しでも体を冷やそうとするので、色白ベルが茶色犬に変わってしまいます。でもダルってシャンプーしなくて良いので助かります。シャンプーはエキスポジション前日と、後は森の中で何やら怪しい生物の屍骸を見付けては体をクネクネと擦りつけ、鼻が曲がりそうな匂いを付けてイソイソしている時くらい。この時はさすがにお風呂場に直行です。でも、そんなには嫌がらないし、シャンプー後のドライヤーがお気に入りみたい。雨で濡れた後は判っているので自分からお風呂場に行ってドライヤーをかけてもらいたがるくらいです。タオルで拭かれてドライヤーをかけてもらってる時のベルって、超過保護かもしれないけど、可愛い。下を向くと黒い耳がおかっぱみたいに見えるので、ホントに女の子らしくて。

 夕方はようやく涼しくなる8時頃から散歩に出ます。夏になってモンセとオナも森へ出てくるようになったので、時々一緒にぐるりとおしゃべりしながら回ります。広場では相手を屈服させようと耳元でしつこく吠えていたオナも、毎日森へ連れ出してもらえるようになって随分落ち着きだし、ベルに会っても構わなくなりました。ですがもう一緒に誰かと走って遊ぶと言うような事はせず、ふいっと何処かへ行って暫らくしてから姿を現すという散歩のしかたで、時々森からの出口で 「オナ! オニータ! 」と呼んで待っているモンセの姿を見かけました。森からの出口周辺で15分ほど最後の自由を楽しみに、何処かへ雲隠れしてしまうという習慣が付いてしまったそう。ベルや他の子達と一緒に森を回った後も、必ず姿を消してしまいます。今ではモンセも探すのは諦めてただ待っているしかないのです。オナは捨てられた子でしたが今はモンセに本当に良く懐き、愛されていると言う自覚が犬にとっても必要不可欠な事なのだと良く分ります。またヴァカンスが近づいて来ています、捨てられる子達がいるのでしょうか。哀しい事です。

hemanas.jpg ある日、カン・ボレールの近くで犬の悲壮な泣き声が聞こえてきました。夫が何かあっては、とベルを紐に繋ぎ道を進んでいくと、鎖で樹に繋がれ捨てられた小さな犬が居ました。直ぐ傍には黒のゴミ袋の中に乾燥フードが一杯入っています。せめてもの心づくし、のつもりなのでしょうか。残酷な事をするものです。何とか近づいてと思うのですが、私が近づこうとすると気の狂った様に歯を剥き出し飛びかかって来ようとします。手を出すのは諦めざるを得ませんでした。
 また別な日、仕事から帰ってくると家の近くの広場にダルの姿が見えます。ウロウロ所在投げそうで、その後ろにぴったり雑種のオス犬がくっ付いています。どうやらセロの様なのです。私は足を止めじっとダルを見遣りました。ベルで無いのは言うまでも無い事ですが、クゥニーでもない、エレナでもないなぁ、と私はサン・クガットでよく知っているメス4匹を頭の中で次々にチェック。どれでもありません。もう1匹、確信の持てないチビダルがいます。私たちのピソの別棟に住んでいるおじさんの犬で、もしかするとその子かもしれません。見ていると金魚のフンを従えて車道を渡りフラフラ、危険です。そこへやはり別棟に住んでいるオスのベルギー牧羊犬の飼い主夫人がやって来て、
「あら、大変。あなたの犬じゃないの?」と、声を掛けて来ました。
「ううん。うちの子でも私の知ってる、どのダルでもないの。まぁ、見て。とっても良く人に馴れてるわ」
 そのメスダルは手を差し出した私の方に懐っこくやって来て、頭を撫でられて大人しくしています。首輪をしていますが名札は付いていません。
「このE棟のオジサンがダルを持ってるんだけど、そこのかも知れない」と、私が言うと、動物愛護主義者を自認するガボ(ガブリエラの略)が、
「聞いてみましょうよ」と言うので、私たちは早速ブザーを押してオジサンを呼び出しました。ところがオジサンが言うには、
「似てるかもしれない。けど、もうあの子はうちにはいないんだよ。どうにもやんちゃで手を焼いてね、友人にあげちゃったんだ」
 これにはびっくり。だって3ヶ月くらいのチビダルを嬉しそうに散歩させてるオジサンに私が、
「まだやんちゃで大変でしょう?」と話し掛けた時、
「自分達は14年もコッカー・スパニエルを飼っていたんだ。経験があるから大丈夫」と豪語したのに。しかも自分のダルだったかどうかも見分けが付かない? 友人のところに電話をして確認する、と言うオジサンを胡散臭そうに見る私とガボ。
「仔犬がやんちゃなのは当たり前じゃない」
「何ヶ月か飼っていた犬が判らないなんて、信じられないわ」
 結局オジサンのだったダルではないと判明。ガボと取りあえず獣医に連れて行って、マイクロチップを調べてもらおうという事に。慌ててベルのリールを取りに家に帰り、迎えてくれた夫に事情を話すと、彼も一応チェックに降りて来ました。夫曰く、私たちが知らないダルだという事は、サン・クガットの子ではない。車で連れて来て捨てて行った可能性が強いと言うのです。一番近くの獣医は評判の悪いペット・ショップ付きの獣医なのですが、取りあえずそこでマイクロチップを調べてもらう事にします。首の付け根をバーコード検査器で調べましたが、やはりマイクロチップをしていません。そしてこの獣医、
「早くペレーラ(犬収容所)に連絡した方が良いね」と、一言。ガボが俄然怒りだし、
「あそこがどんなところかご存知でしょ? 2週間後には処分されるのよ。いきなり連れて行けだなんて!」と、私たちはプンプンしながら別な獣医に行く事にします。ガボの行き付けの獣医で、彼女ならきっともっと良い策を考えてくれると言うのです。まずガボが携帯で電話をして事情を説明、今から行くからと頼んでおきます。
「やっぱりあの獣医、サイテーね」
「あそこで買ったペットは病気持ちが多くて、直ぐ死ぬって友達が言ってたわ。前にほら、新聞に投書があったじゃない、知らない?」
「えぇ、何なに?」
「がんがん陽の当たるショーウィンドーに仔犬を入れっぱなしで、動物虐待だって書かれたのよ。売れさえすれば良いって思ってるんだわ、きっと」と、私たちは優しくない対応に悪口雑言を浴びせ掛け、熱い陽射しの下テクテクと40分以上も歩いてガボの掛かり付けの獣医さん宅へ。この間、捨てダルは大人しく付いて来て、ベルの様にグイグイ引っ張る事もないし本当に良い子。こんなに聞き分けの良い、人を信じきっているダルを捨てるなんて! 何だか悔しい!
「今ね、うちの患者でダルがいるから、そこに聞いてみたら、スズキの犬じゃないかって言われたわ」と、車椅子乗った女医さんが言い出すのでびっくり。
「あら、違うわ。だって私がスズキで、これはうちのダルじゃないもの」
「あらら」
 なんとその情報をくれたのはコレッチャさんだそうで、彼女はクゥニーの獣医さんでもあったのでした。女医さんにご飯を貰って落ち着いた捨てダルは、迷い犬の問い合わせにも引っかからず、やはり捨て犬だろうという事になりました。
「ヴァカンスに行くのでどうしようもなくて捨てたのね。セロだし。大丈夫よ、暫らくうちで預かって里親を探すわね。心配しないで」と、彼女が言ってくれた時は本当にガボと二人、心からホッとしたのでした。後日、ガボに会った時その後どうなったかを聞いたところ、
「無事に里親が見つかってね、今はとっても可愛がられてるそうよ」との言葉に、何だかその日は一日嬉しく、心が豊かになった気がしました。