12匹目  迷走ベル友の輪


穏やかに歳は明け、元旦は我が家で恒例の年賀会。この日は私の我が家風お節を友人に楽しんでもらおうと言うのが趣旨なので、スペイン人のお友達中心です。出来るだけ色んな方に日本の伝統を少しでも紹介したいと言う思いもあって、毎年必ず新しくお友達になった方にも来て頂いて、そして更に友達の輪を広げていこうと言う気持ちも込められています。今年は犬友のマノロ夫妻とフェラン夫妻が新たに加わり、そしてアデとパブロ。フウは同い年のエネコが来たので、早速ゲームに夢中です。彼らは彼らでよく家を行き来したり、映画に誘い合ったりと、此方も犬友の輪を広げている様子。「エネコ」と言う名前は、マノロとマリッサの生まれ故郷ナバラ地方の英雄名だとか。カタルーニャでは珍しい。

campo.jpg食に煩いフェランが日本の酢だこの歯応えについて質問。こちらの最も人気のあるタコ料理は奥さんマイテの故郷ガリシアの一品「プルポ・ガジェーゴ」で、軟らかく軟らかくなったタコ(じゃが芋との組み合わせもある)にパプリカを効かせたもの。それに比べればこれはどうしてこんなに硬いのか、と言う訳。
「逆にどうしてプルポ・ガジェーゴはあそこまで軟らかくするの? 日本人には歯ごたえというのも重要な要素なのに」
「僕にはこれは硬すぎるよ、慣れてないからなぁ」
「いや、僕は好きだね。どうしたらこんな風に湯がけるのかね?」と、大の日本食ファンのマノロ。正月になるとタコがスペインの市場から消えると主人が言うと、皆びっくり。
「日本に行くんだ。海老、タコは正月に欠かせないから。意外とアンドラの方が見つけやすかったりするんだよ」
「プルポ・ガジェーゴは昔は叩いて繊維を軟らかくしたんだけど、最近はもっと簡単に家庭で出来るのよ。冷凍するの、生のまま。それでそれを湯がくと繊維が切れてるから叩く必要がない言って訳。そうね、1時間くらいは湯がくんだけど」と、マイテが教えてくれます。私なんか数分で、いかに真ん中を半透明にしたまま湯がけるかに賭けてるのに、その食文化の違いって面白いですね。タコを柔らかくする為には日本では大根で叩くという私の説明から、この大根の話でもひと話題。
 最近は大根や椎茸、白菜などは随分手に入り易くなりましたが、これをスペイン語で言うと、「ナボ・ハポネス」「セタ・ハポネス」「コル・チノ」となります。ハポネスと付くのは日本の、チノと付くのが中国の、という呼び分け方です。椎茸は最近はシイタケと言って通じるようになっていますが、問題は大根。この「ナボ」というのはスペインでは蕪という意味の方が強く、こちらの蕪は丸くなく20センチくらいの細長い形をしています。その蕪と呼び別けるために、「ナボ・ラルゴ(長い蕪)」とか「ナボ・グランデ(大きい蕪)」なんて説明の仕方をすると…。「ナボ」とはスペインでは隠語で男性器を意味するそうなので、それと知らず市場で、
「ナボくださぁい、大きいの。大きいのが好きなの」と元気に注文したお友達のかすみちゃん、慌てたのは一緒だったカタラン人のご主人。慌てて口を塞がれ、後で説明を受けてびっくりしたとか。ムムム…。因みに私は行き付けの八百屋で「ダイコン」という名前を定着させようと、その呼び名で買っています。今では向こうから「今日はいいダイコンがあるよ」なんて教えてくれるくらいに定着。この八百屋さんでは椎茸も入れてくれて、やはり「シイタケ」と呼んでいます。日本の食材がだんだんと手に入れやすくなってきたのは喜ばしい事ですが、スペインも季節感が徐々に薄れてきた気がします。昔は本当にその時期にしかないものが多かったけど、今はいつでも手に入る野菜が増えて、形も綺麗になってきた分、味が薄れてきたようです。昔の「旬」そのものの味わい、素朴で力強い、本当に肥やしの匂いがしそうな野太い野菜の味は、この国でも懐かしい味になってしまうのでしょうか。
「野菜は郵便局横のおばさん処のが美味しいわよ」と、マイテ。
「あぁ、あそこの農家の産地直売屋さんね」と、私。
「そうそう。魚はどこで買ってる? お肉は?」と、食を巡る話題はその人の根源の話題なので、何時までも尽きる事無く夜は更けて行きます。

amigo.jpg何処の国でも同じでしょうが、まず良い店を見分けられる目を持つ事、これが一番大事。そして顔馴染になる事。これには根気が要ります。特にスペインでは、表に綺麗に並べられている野菜や果物が、そのまま買えるかというと、一見さんなどに対して(もしくは見る目が甘いと見られた者に対して)は、そうは簡単にいかない場合が多いのです。後ろにある形の不揃いな傷みかけたような物を買わされる羽目になったりするので、何によらずしっかり「こっちの」と抵抗できる意思がなくては、ちゃんとした買い物にはなりません。そういう手間隙を惜しむと、日本の赴任家庭の奥さんみたいに、何もかもスーパーのパック物を買った方が気楽、という心持になる訳です。会話もしなくて済むし。失敗して腹を立てなくても済むし。でも、買物する事は人生の醍醐味の一つなのですから、市場で物色しつつ買うのが私は好きです。
「時間が掛かるからイヤ」と言う人がいます。スペインは後ろに人が待っている事にはお構いなしで、自分の番が着た時にはお店の人とあれこれおしゃべりを楽しみながら買い物をするのが、しっかりレクレーションになっている主婦が多いのは本当ですが、カタランの良質な店は皆なてきぱきしているし、顔馴染になってしまうとそんなに気にはなりません。注文の合間に「赤ちゃん元気?」と、お店の娘さんに聞いたり、彼女も手を動かしながら赤ちゃんのアルバムを渡してくれて、馴染みのお客連中で回し見をして一緒に可愛いと騒いだり。こんな日常を楽しむ事が出来るようにならないと、市場でただただ並んで待っているのは確かに辛いかも。ただ馴染みになると、ちゃんと「今日のは良くないから止めときなさい」と言ってくれるし、電話で注文しても好みを知っているから不安はないし、魚屋さんなど「この間のはどうだった?」と、自分が薦めて買わせたものにはちゃんと聞いてくれます。そしてこの時の反応が大事。物が悪かったらはっきり言っておく事。とにかく自分の意見ははっきり言っておかないと、同じ事を繰り返す事になるからです。そしてはっきり言うお客ほど注意深く扱ってもらえるものなのです。

 やがて1月11日が再び巡って来ました。今日はベルの誕生日。フウがプレゼントを用意して、私がケーキを焼きます。太るからとちょっとだけベルもケーキを貰って、生クリームを舐める幸せそうな顔。1歳になりベルの体長はディジー・ママとほとんど同じです。さすがに体重は27キロと、ママより2キロほど少ないけれど、もう立派に一人前(立派過ぎるほど)の体つき。道で会う人がみんな「ケ・グアポ!」「ケ・マッホ!」と、オスへの賞賛の言葉を浴びせるのも無理からぬ事なのかも。得意技の「舐め舐め攻撃」も磨きが掛り、ごろごろしているフウを見つけると前足で押さえ込み動けなくしてから、思う存分舐め尽くしています。
「やめろ、ベル。ベロリンガー!」(やめないも~ん)とは、ベルの噴出し言葉。
 このところベルは艶っぽさを増し、下から少し見上げるような目つきに主人はくらくら。
「この大きさがいいんだよね、抱き枕にぴったりで」と、一緒にソファに座ってウトウト昼寝。ご主人が大の犬好きと言うかすみちゃん夫妻がベルを見たいというのでやって来た時なんか、お客好きのベルはもう大変。相手が犬好きだと言うのは直ぐ判ってしまうものらしく、ご主人のジョセップ・マリアには1秒もしないうちに懐き、尻尾を鞭の様に振って大歓待です。かすみちゃんには初めて会った時からいきなりお股に鼻を突っ込んで挨拶をして、
「あら、なんですか、ベル? いきなり股間に来ちゃったりして?」と、いう一言で「股間犬」「お股犬」などというあだ名も付いてしまいました。千の顔を持つ犬。
来年は掛け合わせをしてみたい、と言う話でジョセップ・マリアはもうすっかりベルの子を1匹飼うつもりになってくれたらしく、ラッキー! でも実はかすみちゃん宅にもオス猫が2匹いるのです。うち1匹はフェリックスとキキの息子、そちらも可愛い我が家の孫に違いはないし。しかし、このベルの「もっともっとパンチ」を食らうと抵抗出来なくなっていくのです。「柔らかい罠」という訳。どうして柔らかい罠かと言うと、ベルの毛皮が本当に吸い付くように柔らかく、特に喉元から首にかけて触り始めると、もう手放せない。何だか気持ちがふわりと優しくなって、主人が言うようにまさしく「癒し犬」なのです。

chicos.jpgダルを1度知ると他の犬には目がいかなくなる、とベジェスたちが言いますが、ベルを知って犬嫌いが直った人たちもいます。ドイツのドュッセルドルフに赴任中の主人の友人増田一家が遊びに来ました。ドイツから来ると2月のバルセロナの陽気は完全な春、薄曇の空を見上げつつ子供達が「青空が見える!」なんてはしゃいでいるのが私たちからすれば不思議なのですが、冬の長いドイツでは青空を見るなんて本当に久し振りだとか。カルソッツ(葱)シーズンなので、バルセロナのティビダボ山のマシア・レストランで夕食をとった後、全員で我が家に立ち寄る事になりました。彼らが犬が苦手、怖がっているとはちっとも知らずお誘いしたのですが、玄関に出てきたベルを見た途端、二人の男の子と奥さんののりちゃんが棒のようになってしまい、エ? でも一言も吠えないベル、尻尾を振って大歓迎のベルに迎えられ、恐る恐るながらも家の中に入った彼ら、最初のうちはそれこそベルが近づくと固まってしまっていたのですが、犬が嫌いな人間が存在するとは思っても見ないベル、頭を撫でてもらいたくてイソイソ。フウが撫でているのを見て怖さが薄れてきた子供達が、まずソロリソロリと手を伸ばしベルに触れ始めました。こうなるとベルの本領発揮。1度撫でてくれた人は大事なお友達、もっともっととせがみます。
「こんな大きい犬なのに、吠えないと怖くないのね。ドイツの犬ってよく吠えるのが多くて、それで怖くて嫌いになったんですけど、こんな風に吠えないと本当、怖くないわ」と、のりちゃん。その気持ちよく分るわ。私も犬は吠えるもの、人を脅すもの、と長い間感じて来ました。家の中で一緒に暮らす家族なのですから、子供と同じです。愛情が足りなければ泣いて関心を引きたがる、自分も家族の一員だと自覚させて欲しいのです。最後はベルと一緒にソファに座った子供達、ベルを撫でてる写真も写してすっかりベルのファンに変身したのでした。

cuny.jpgさぁ、暖かくなって来ました。二月に入るとサン・クガットでもアーモンドが咲き誇り、庭々のミモザの花から立ち昇る黄色い甘い香りが散歩中の人の手を思わず伸ばさせてしまうらしく、通りにせり出た枝はあちこち手折られています。山越えでバルセロナから帰ってくる道沿いの、モデルニスモ(スペインにおけるアールヌーボー)の家々には当時流行だったのか必ずといって良い程ミモザが植えられていて、山全体が淡く黄色く見える程です。春は急がない時は出来るだけこの道で帰ってくる様にしていて、山頂付近から見えるバルセロナの整然とした碁盤の目の街並み、地中海を見渡せるのも楽しみのひとつです。そしてティビダボの山を超えると空気が変わります。表が地中海性式なら、この裏側は高原に似た気候。そして俄然アーモンドと野生のプラムの花が増えて来ます。春は人を野へと誘います。森への散歩で会う人も犬友ばかりではなく、健康の為に歩いている人、ジョギングの人が増えてきました。

 野原でコレチャさんとクゥニーに会うと、ベルは狂喜乱舞です。そしてクゥニーもベルと一緒に独楽の様にぐるぐると枯れたセイタカアワダチソウの草叢を駈け抜け、立ち止り、方向を換え、疾走します。もう二人とも大人になってきて、犬友広場ではあまり以前の様には駈けっこをしないのですが、何故かこのダルダル同士は本当に良く遊びます。コレチャさんが言う様に、
「従姉妹みたいなもんだ」から、かしら? ベルの方が遥かにパワーがあるので大地を蹴る音すら聞こえそうなぐらい大きな輪を描き疾駆しますが、クゥニーはベルとの力の差を良く知っているので、一回りは小さな輪で回って追い掛けます。時には輪の途中で半径走りをして時間差調節。見てると本当に二人は跳ねまわる兎の様。特にクゥニーは後ろ足がやや蟹股でぴょんぴょんと跳ぶような走り方をするので、兎みたいに後ろ足が跳ねて見えます。ベルはどちらかというと馬の走り方に似ています。溜めが利いているので美しいのです。5分ほど大疾走して、どちらからともなく別れます。時にはもう少し足を伸ばそうかな、というコレッチャさんと森の入り口までご一緒しますが、私たちは更に奥へ入って行くのが毎日のコースです。ベルにはもう犬友広場だけでは物足りなくなってきているので、広場は夕方だけ。それでもそこでのお喋りも楽しみなので、出来る時は顔を出す様にしています。

barcelona.jpgところが、この冬にショッキングな出来事が持ちあがりました。犬友広場の中心的人物だった一人、ペラおじさんのブル「チャーチル」が、飼い主に噛みつき薬殺処理に至るという事件が起きたのです。クリスマス休暇も終わり、人が広場に戻って来る様になっても、ペラおじさんは現れませんでした。毎日皆なと会ってここでおしゃべりするのが何よりの喜び、と言っていたのに。私たちが不審に感じ始めた頃、モンセが連絡を取り事情が判ったのでした。
「ベレンを飾ってたら人形で遊び始めて、叱ったら突然噛みついたんだって。奥さんの手に噛みついて離さないんで、大変な騒ぎだったそうよ。獣医が言うには気が狂ったんだって。血の近い同士の掛け合わせをあんまり頻繁にやると、その手の問題が出るって言うのよ。どこかに預けて気長に治療してみても、絶対治るとは保証できないから処分した方が良いって言われて、解っちゃいるけど、可愛そうでって、奥さん泣いてたわ」
「だって、おじさんたちとっても可愛がってたものね」
 チャーチル。ちょこちょことベルの後を追い掛けて果敢に乗っかろうとしてた姿が浮かびます。ベルとは良いお遊び友達だったのに。ペラおじさんが気の毒でなりません。そんな話を聞いて暫らくしてから、駅の近くでペラ夫人にばったり会いました。お悔やみを述べると涙ぐんで、
「まだ諦めきれないの。可哀想で」と、思わず私たちは手を取り合ってしまいました。ベルに万が一の事があったらと思うと、
「考えるだけで涙が出てくる」と、フウも言います。
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 エバたちが引っ越し、ペラおじさんとチャーチルが広場から消え、広場の世代交代も進んで来ました。最近のベルのお友達ではオスのゴールデンレトリバー「ヘロ」がお気に入り。若い飼い主夫妻はアルゼンチン人で、夜泣きのヘロにはてこずって、泣くとスプレーが出るようになっている装置やら(2週間ほどで慣れてダメに)、微量の電流が出る装置やらで頑張っていますが、さほどの効果は出ないと言っています。要するに淋しいから泣くのですが、朝の5時に泣かれると近所の手前仕方なしに広場に出して宥めるとか。そう言えば彼らの友達だったやはりアルゼンチン人の女性も、左側のお腹にお月様のような丸い茶色の大きな斑のあるイギリス・ブルのオスを飼っていましたが、わざわざ恋人をアルゼンチンから連れてきたと思ったら、それから間もなくして帰国する事になってしまい、せっかくブルの赤ちゃんが見られると期待していたのに残念。チャーチルとこの斑ブルがいなくなって、広場からブルは撤退してしまいました。

 そんなある日、私を見かけたモンセが駆け寄ってきて、
「クゥニーが事故に遭ったらしいのよ!」
「えっ! 何時? 容態はどうなのかしら」
「まだ入院してるから詳しいことはまだ解らないんだけどって、さっきルイス(コレッチャおじさん)に会ったらそう言ってたわ。昨日の夜はセルヒオが散歩に出してたらしくてね、もう直ぐ道路だから繋ごうとした矢先に、他の犬が現れたもんだから、ほら、クゥニーってスゴイ恐がりじゃない? 慌てて道に飛び出して刎ねられたみたいなのよ」
「何処に連れて行ったのかしら?」
「自治大の獣医科みたいよ」
「あぁ、それなら安心だけど」と、だんだんと仲間が減っていく事が気掛かりでした。
 数日して、コレッチャおじさんに会うと詳しい様子がわかりました。クゥニーは外傷は後ろ足を少し切ったくらいだそうですが、何と心臓部に衝突した為、心臓が少し右へと移動したままだと言うのです。運が良ければ自然に元の位置に戻るだろう、との事。それだけ聞けば大変な怪我の様に想像していたのですが、暫らくして広場に復帰したクゥニーは、久し振りにベルを見つけて、これこれそんなに走っていいの? と、こちらが心配になる程、嬉しそうに走り回っています。心臓も徐々に元の位置へと無事に戻り、事故に遭った面影など何も残さずクゥニーは生還を果たしたのでした。

 さて、森の中に引っ越したエバたちですが、パンタの仕事が早目に終わった日などは犬友広場に二人でやって来ます。ちゃんとした暖房設備のない家で寒い一冬を過ごす羽目になった二人、セントラルヒーティングの申し込みはしてあるのですが、春にならないと取りかかれないと言われてるとか。しかし、予想した通りエバは2匹目の犬をゲット。ハスキーの仔犬です。ある日曜日、父犬と母犬、そして5匹のチビハスキーが広場にやって来ました。仔犬たちはむろん未だちゃんと遊べる程になっていませんが、ダンボール箱から初めて広い外の世界で遊ばせてもらえる彼らの、まぁ両親の後をちょこちょこと歩く姿の可愛らしい事と言ったら! エバの目がまぁるく見開かれたかと思うと、次の瞬間にはもう「1匹貰える?」と、交渉は完了していました。
「待てよ、エバ」と、慌てるパンタにはお構いなしです。
「庭があるのよ」と、いなすエバ。居合わせたモンセと私は大笑い。この白と黒のメス・ハスキーは「カラ」と命名されました。

campeon.jpg 3月。本格的な春に入り、エキスポジション再開の季節でもあります。3月にはバルセロナでインターナショナル大会があり、ベルはまだ14ヶ月の為ヤング・クラス、ジョーはチャンピオン・クラスに出場です。そして丁度ディジーがセロになった為、ビセンスはオランダまで掛け合わせに行っていて留守、マニュエルがピンチ・ヒッターで出場です。掛け合わせられる期間は2日程、セロが始まると獣医に連れて行き最も確立の高い日にち、時間までもが判るそうで、それに合わせて移動するしかないのだそう。途中2泊してひた走りに走り、オランダで3日ほど滞在し掛け合わせると、また走りに走って帰ってくるのです。ビセンスたちは新しい血を入れるのだと張りきっていますが、大変な労力とお金を強いられる事でもあります。趣味、と言いきってしまう彼らに脱帽。彼らがこんなに続けてカマダ(お産)を持つ事は例のない事なのですが、というのもジョーはスポットが多いのでフランスでの勝ちは望めず、もはや大会に出すには年を取りすぎました。そして残念な事にディジーもまた後ろ足を軽くビッコを引くようになり、もう大きな大会へは出せないというのです。
「何時も何時もと言う訳じゃないけど、時々ね。骨が変形したみたいなんだ。ディジーのママもそうだったから遺伝的なものかも知れない。それに、もともとディジーはあまりエキスポジションは好きじゃなかったしね。でもディジーはいいママだよ。この間マドリッドで次の子供を是非にって言われたんだ。一人はどうも車のブローカーかなんからしいけど、乗ってる高級車のナンバープレートはカナリアスのなんだぜ。どうせ税金逃れだろうさ。もう一人はエキスポジションに出せるダルを探しているって言うんだ」
ディジーが昨年マドリッド大会で優勝できず2位になってしまって、スペイン・チャンピオンのタイトルを逃した事が悔やまれます。あれがタイトル取得の為の最後のチャンスとなってしまったのでした。
そしてシニアも大きすぎてダメ、という事で、彼らには今「リブラ・カサノバ」の血を引き、大会に出しているのはベルだけという事になってしまいました。これはベルにとって、私たちにとって、大変ラッキーな事でした。だって、彼らの知恵なくして、彼らのボランティアなくして、どうして私たちだけで大会に出しつづける事が出来るでしょう。ベルって、やっぱり強運の持ち主。

さて、バルセロナの結果としてはベルは2位でした。またもやイタ・ダルに負けたのです。そしてこのイタ・ダルを連れて来ていたのが、この先しばしばお目に掛かる事になるガブリエル・ベットリ氏。う~ん、見るからにプロ的な格好で、ジャケット姿が決まっています。そしてこのメスの華奢な事、頭も小さくあばらが透けて見える程にスマートです。彼はオープン・クラスにオスも出しています。そしてスゴイのがガブリエルのテクニック。何やら餌を小粋に摘まんで自分の口元にチュッチュ、チュッチュと引き寄せて、犬の視線を上に引き上げる事によって顔を上げさせ、身体を伸ばさせると言う技。これからしばらくの間、これに感化された我が主人が「ベルゥ~」と呼びかけながら、チュッチュチュッチュとやって見せるのが変な流行になってしまいました。
オスのオープン・クラスにはレリダにも来ていた若夫婦がやはり例の貧弱なオスを出していて、サルゥの陰口の対象になっています。彼らは何とメスも出していて、これは小さいオスより更に小さく、ベルのパピー・クラスの頃並みか、以下。
「エキスポジションに出せるような犬じゃない」と、マニュエルも私の耳元で囁いています。確かに。しかし彼らは何だか自分の犬は良い犬、と信じているらしいのです。それは見栄からなのか何なのか…、血統書があるからエキスポジションに出せる犬、と言う思い込みなのか。他の犬と比べる素直な目を持っていれば判る事なのでは、と素人の私だって思ってしまいます。エキスポジションに出す事自体、犬にとっては結構な苦行なのではないかしら。エキスポジション向きでないのなら家でのんびりさせてあげてた方が良いのexcrusion.jpgに。そして今日はフランスからも人が来ています。やはりこれから頻繁に会う事になるフランス・ダル・クラブの方たち。マニュエルたちとも顔見知りなので、紹介してもらいましたが、とても感じの良い人たちです。最終的にはジョーが勝ちMR(BOB)、グループでも3位に入る健闘でした。小さなカップを貰ってお立ち台に立つのですが、このお立ち台が小さく狭いのでダルがちゃんと立ってポーズを決める余裕はありません。横にいるのはビーグルなどの小型犬。ジョーがいやが上にもごつく見えてしまいます。結局カメラマンが要請しても無理は無理、ジョーはお座りした形で写真撮影です。グループで入賞すると雑誌に出るというので、早速買わなくちゃと思ったのですが、二ヶ月ほど後に出た写真は、残念ながら居心地悪そうに座ってフンと余所見をしてる感じのもので、今ひとつ購買意欲をそそられず止めてしまいました。このバルセロナ大会を以って、ベルはヤング・クラスも卒業し、これからいよいよ本格的にデビューする事になります。

 ところで、3月3日は「サン・メディールの祝日」で、これは農民にとっての守護聖人、種蒔きの季節を知らせる日なのだそうです。この日はサン・クガットの祝日です。スペインは国が定める全国的な祝日の他に、州毎に制定出来る祝日、そして市毎に制定出来る祝日という風に別けられていて、例えば4月23日はカタルーニャ州の「サン・ジョルディの祝日」、9月24日はバルセロナ市の「メルセの祝日」、そしてサン・クガットはこの3月3日の「サン・メディール」と7月29日の「ペレ・サンの祝日」があります。その日が日曜の場合は、別な日に変更する事もあり、毎日聖人の祝日には違いないのでいくらでも代わりはいるようなもの(不謹慎かしら)ですが、各自治体で自由制定の祝日があるというのは、地域の意識を高めるとても良い制度だと思います。

monset.jpg「サン・メディールの日」は森の奥深くにある礼拝堂でミサが行われ、村の人たちは巡礼の如く歩いて行きます。車が通れる道が山の反対側からはあるのですが、サン・クガット側からは途中のマシア・レストラン「カン・ボレール」までしか行けないので、ここから1時間ほどの道を歩いていかなくてはなりません。この日は桃の節句ならぬ「空豆の節句」? 実はサン・メディールのシンボルが「空豆」なのです。これは種蒔きのシンボルなのだそうで、空豆にカタルーニャの男性の民族衣装である赤い帽子を被せたお飾りを売る屋台が出て、ピンで留められるようになっているこれが可愛いのです。そしてこの日はサン・メディール礼拝堂広場で火を熾しても良い特別の日。人々はピクニックの用意をしてやって来ます。礼拝が終わると民族舞踊「サルダーニャ」と、人間ピラミッド「カステリェス」が奉納され、お祭り気分が盛り上がったところで、人々は炭を熾し持参の肉やソーセージを焼いて、麗かな春の一日「野遊び」を楽しむのです。「サルダーニャ」はギリシャ文化の流れを汲むとも云われ、ちょっとトルコの楽器の響きに似た懐かしい音楽に合わせて、輪になって踊ります。ステップは単調そうに見えながらも、急に転調が起き、踵をほとんど着ける事無く飛び跳ねているように見えます。フランコ政権下では禁止されていた民族の誇りを表す踊りなので、伝承運動も盛んです。子供達への無料講習会などもあって、村祭りでは必ず「おらが村の舞踏団」風な人たちが、民族衣装を着て踊っています。これと対になっているのが「カステリェス」で、一番下の段から徐々に組上げて行き、高いと8段くらいになるのですが、この塔の形も色々な名前が付いていて、よく新聞に「何処そこの村で何々の塔ができた」という記事を見かけます。一番上には身の軽い小さな子供がするすると登って行って、一瞬立って手を挙げる事が出来ると完成。手が挙げられず形が崩れると失敗な訳で、わらわらと崩れて行く姿を、2年に一度開催されるタラゴナのコンクール会場でいくつか見たことがあります。闘牛場一杯に溢れ返る人、あちこちで組上げられ崩れ、組上げられ手が挙がり、また崩れと、一度にいくつもの塔が生まれ、時には崩れて落ちた人を担架で運ぶ姿も見え、中々の圧巻。人が群れているだけで興奮しやすいスペイン人ですから、拍手、怒号、悲鳴、とあらゆる感情の爆発が起こり、賑やかな事この上なし。祭りってやはり特殊な感情を引き起こしますよね。あぁ、何だか久しぶりにカステリェスのコンクールがまた見たくなりました。

stinky.jpgさて、野を歩くには絶好の季節が到来したので、我々犬友広場の仲間でハイキングをしよう、という話が持ちあがりました。混雑する「サン・メディール」の日が明けた土曜の朝、犬友広場にお弁当持参で9時集合、とモンセが連絡役を買って出ます。土曜の朝は寝ていたい、というフウにお弁当を残し、モンセの「オニ」、アニータの「リキ」、エバ&パンタの「ルアー」「カラ」、クリスチャン&ラウラの「トゥィンキー」、クリスティナ&ボスガンの「ルナ」「ジョニー」、そして我々と「ベル」の総勢人間10人と犬8匹、まずはサン・メディールに向かって出発です。仕事の関係でドイツから来ているクリスティナとボスガンはまだ余りスペイン語が得意ではなく、込み入った話になるとスペイン生まれのドイツ人クリスチャンが通訳を務めます。
「ドイツにはこんなにシェパードはいないわよ」とクリスティナ。スペイン語ではシェパードは“パストール・アレマン(ドイツ牧羊犬)” と呼ぶのですが、マッチョ思想を反映してなのか、もしくは泥棒の多いお国柄ゆえなのか、スペインではシェパードを非常にたくさん見かけます。日本にいた頃はシェパードなんてとても怖い、と思っていたのですが、ベルのお散歩仲間にもとても大人しく聞き分けの良いシェパードのオスが何匹かいて、あら、そんなに怖くないじゃない、と反省。知らないからと言ってむやみに怖がってはいけないのですね。
今日は森の抜け道に詳しい主人が水先案内人を勤めます。アブラナ科の黄色い花が咲き乱れる野原に出てまず全員かけっこ。記念撮影。それから自転車もジョギングランナーも大嫌い、見かけると煩く泣き喚くというトゥインキーを配慮して、森の中の道をどんどんと奥へ奥へと入って行きます。森の中での犬の先導役はやはりベル。そしてオナが続きます。
「ベルって、本当に森に慣れてるなぁ」と、クリスチャン。彼は1度カン・ネグラの辺りでイノシシに遭遇した事があるとか。羨ましい。
「とんでもない。トゥインキーが吠えて掛かっていきやしないかとハラハラしたよ。さすがに彼もビビッタらしくて静かにしてたから良かったけど」
panta.jpgう~む。ベルだったら…、と想像すると恐ろしい。さて、山を歩き慣れている私たちは皆の速度に合わせるのはかなりまだるっこしいのですが、その中でも行程の半分も来ないうちにまずエバがバテ始め、だんだん口数が少なくなって来ました。先頭の主人と最後尾のエバとではかなりの差が付き始め、この先さらに山道を行くかそれとも少し引き返して平坦な道を行くかを、主人がパンタの裁定に委ねました。
「どうする? 山道を行くかい?」
「うん、うん。大丈夫だよ」と、パンタ。知らないぞ、後でどうなっても。どうにかやっと山を巡りまわってカン・ボレールに着き、ここからはさすがに私たちがいつも歩く山の道は避けて、普通の巡礼コースを行きます。少し行くと川が流れているので、犬たちは大喜び。バシャバシャ、ゴクゴク。犬って本当に水遊びが好きですね。そろそろお弁当を食べようというので少し道から入った所にある丸い礼拝堂前で休憩。これは個人の持ち物だそうで勝手に修復が出来ないらしく放置してあるのだ、とサン・クガット子のモンセが説明してくれます。丸い礼拝堂というのも珍しい。お弁当を広げ始めると、ベルは例によって食べ物を守ろうと防御の体制。寄らば切るの構えです。本当に食い意地が張ってるんだから。
「この近くにイベロ人の窯跡があるんだよ」と、主人が言うと、皆が見たい見たいという事になって、またそちらに行ってみます。これは石を組んだ窯で、一応遺跡っぽく屋根で覆って囲いがあります。石に大昔の煤の痕がそのまま着いていて、この辺りに何千年も前に既に人が生きていたのだと思いを馳せると、ちょっと不思議な切なさが胸を締め付けます。
 さらに歩いて、やっとサン・メディール礼拝堂に到着。ぐったりげんなりした顔で、もうエバは口を利く元気もない様子。でも久し振りに歩いたぁ、という感じでモンセとアニータはいい笑顔です。ここからは一番平坦な道を通って帰る事に。小さなトゥインキーは一番歩いた感じで、お腹なんか埃でドロドロです。
「これからママの所でお昼なのよ。こんなじゃ連れていけないから直ぐにお風呂場に直行だわね」と、ラウラが笑っています。
「また行きましょうよ、皆で。でも、今度はもっと短いコースでね」と、エバもどうにか帰ってきた安堵からか、笑えるところまで回復。良かった良かった。第1回犬友ハイキングは、「歩いたぁ、いや、ホントによく歩いたぁ」という全員一致の感想で締めくくりとなりました。