11匹目  ベルと風の海外遠征二人旅


 さぁ無事にセロ最終日を迎える朝、ふにゃふにゃ眠いフウを起こして身支度をさせます。ベルは用足しの為に夫が軽くそこらを一回り。5時にはベジェスたちが家に迎えに来てくれます。これから彼らはひた走りに走って、今日中にナントに入る、と言うのです。
「フウの事は任せてね。心配なのはライムがフウの邪魔をしないか、って事の方よ」
「100匹もダルを見たら目が点々になっちゃいそうだね」
「よかったね、フウ」
「そうだよ、こんなチャンスに回り逢える子なんてそうそういないぞ。ベルのお陰だな」
ch,brown.jpgまずディジー・ママと顔合わせをします。ママは「自分の方が上なんだからね、私の言う事をちゃんと聞く様に」と、ちょっとガンツケでひと唸なり。スペイン語では“マルカ”と言います。やたらマルカしたがるのを“マルカドール(ラ)”。マタドール(殺し屋)ではないので、念の為。ベルは腰を屈めてちょっと下手に出てご挨拶。ところがどっこい、この子は親を親とも思わぬ奴なので、出来るだけ居心地の良い所を陣取ろうと車の中でママを押し退けています。これこれ。
「酔わないかどうかが心配だわ」
「換えのタオルもあるから大丈夫よ」
 前に運転役のマニュエル、交代要員のビセンス、後ろにサルゥとライム、フウが乗っておまけにダル2匹に荷物、パンパン状態もいい所ですが、元気に出発しました。
「ベルのお婿候補、ばっちり見つけてくるからね。期待しててね」と、何処までも陽気なサルゥ。
「フウ、楽しんできてね!」
「うん!」

 何だか我が子が成長していくのって、嬉しいようなちょっと置き去りにされたような…。でもフウとベルがいない数日間はちょっとのんびりできるかな。夜、到着の電話を待てども待てどもありません。滞在先のホテルに電話しても、ここにはいないと言われるし。ベジェスたちと一緒だからフウやベルの身に何か起きたとは思わないのですが、ベジェスたちだからこそ不安な事も。つまり彼らにはオーガナイズ能力がちょっと欠けているのです(夫曰く、全くない)。
 結局その日は連絡がつかないまま、翌日の夕方になってやっとフウから電話がありました。ちょっと息せき切った感じで、
「あ、お母さん? ぼく。あのね、ベルが3位だったんだよ。カップ貰ったよ」
「エーッ! 3位?」
 フランスでは期待できないと言われていたベルが3位入賞を果たしたと言うので、もう大騒ぎ。
「ディジーはダメだったんだ。スゴイ数のダルだよ、113匹も来てるんだ。じゃ、今からベルギーに行くから、またね」と、息子はバタバタと切ってしまいます。あら、ちょっと、と言う間もなく。
「3位だって。カップ貰ったんだって。113匹もダルが出たんだって」と、繰り返す私。夫と二人、手を取り合ってベルの健闘を祝います。
「これはベルギー、期待できるかも」と、すっかりトラタヌモードに入る夫。むろん113匹と言っても、オスメス、クラス別けがあるので、ベルはベルの属するヤング・クラスでの入賞に過ぎませんが。それにしても素敵。世界に通用する、と言われても半信半疑だったのですが、そうか、本当なんだね。次の日、早速モンセとエバがどうだったと聞いてきます。フランスの結果報告をすると、皆な大喜び。いやが上にもベルギーでの期待は高まるのでしたが、ベルギーでは案に反して入賞せず、アンバー(茶)系が勝ったとの事。何しろフウの電話は短すぎて結果しか判らないもどかしさがあるのですが、まぁ、月曜の夜には帰ってくるので、もっと詳しい事が聞けるでしょう。

 日曜のベルギー大会が終わると、その夜はベルギーでもう1泊して、翌日は早朝からまたもやひた走りに走り帰って来ます。お腹を空かしてくるかも、とピザと「全聖人の日」の為の特別なお菓子パナジェッツを用意して、今か今かと待つうちに、夜は更け10時を回りました。やっと下でブザーが鳴って、無事に着いた様です。慌てて下へ降りて、みんな家に上がってピザを食べるように誘います。もちろんディジーも。
 ベルったら久し振りに私たちの顔を見て、大興奮の尻尾の鞭が痛い。いざ玄関からディジーが自分の家に入ろうとしているのを見て、早速“マルカ”。親も娘もあったものではありません。ここは彼女の家なのですからね。でも、ベジェスたちに強く窘められ、ちぇっという感じで受け入れます。
 早速焼き立てのピザとシャンペンを開けて、貰ってきたフランスのダル・クラブのカップを拝見。ベルの初めてのカップがフランスのものとは思いも寄らぬ事でしたが、初カップに皆なで乾杯です。
「いやぁ、まさかフランスでイケルとは思わなかったんだけど」
「最初にね、大きいって言われちゃったんだよ」と、フウ。
「ベルで大きいんなら、シニアなんて巨人だわよ」と、サルゥが毒づきます。
「で、ディジーは?」
「チャンピオンクラスで出したんだけど、審査員が歯が二本もないのに良くチャンピオンになれたもんだ、って言ってるんだよ。こっちがフランス語が判らないと思って。とんでもない審査員だよ。見る目が全くないんだ」
「ベルギーの審査員もひどかったよ。アンバー(茶)好みでさ。ベルの方がよっぽど綺麗なのに」
「そう、あいつはひどかった!」
「1位から3位までアンバーとはね!」と、ベルギーの方に期待が強かっただけに当ての外れたベジェスたちは喧喧諤諤。
「ところでお婿さんはどうなったの?」
「それそれ。ベルギー大会でディジー向けに2匹見つけたんだよ。で、それぞれの持ち主と話したんだけど、片方は何だか鼻が上向いてる女でさ」
「まだチャンピオンにもなってない若造なのに、生意気よ。ディジーはチャンピオンなんだからっ!」と、サルゥは腹に据えかねた様にぶつぶつ。
「で、もう1匹の方なんだけど、そっちが今回優勝してね、スターロング・サムって言うんだ。オランダの犬なんだよ。ベルギーとオランダは隣同士だから、共同でやってるんだよ、クラブ大会を」
「ベルのお婿候補もツバ付けたわよ」
「サルゥ! 黙って話させてくれよ!」
「あぁん、分ったわよ。いっつも黙ってろって言うんだから!」
「で?」
「でね、その犬の持ち主はすごく感じがいいんだ。掛け合わせたいって申し込んだら快く承諾してくれてね、金額も妥当だったし。次のセロで掛け合わせるつもりなんだ」
「それで、ベルのお婿候補だけど、まだ若くてね、ベルと変わらないの。でもすっごい美犬よ! 去年のパピークラスで優勝してるもの」
「やっぱりオランダの犬でね、持ち主はオランダ在住のイギリス人なんだ。奥さんがオランダ人で。感じの好い人たちだよ。彼らは僕たちの友人のマイク(マイクはドゥルスバの親元=GAYFIRD)の所の犬を持ってるんだ、GAYFIRD CHARLES BROWN。アンバーだけど素晴らしいチャンピオンさ。マイクたちも今回は見に来ていて、久し振りに会ったんだけどね。最近はオランダに良い犬が出てきてるから、少し血を混ぜてみるのも悪くないだろう。 SPONIK´S SPECIAL SELECTIONって言って、ノルウェーの生まれなんだよ。北欧のダルは大きいからね、良い体格をしてるよ。呼び名はセルウィンって言うんだ。まだ若いけど、あれは直ぐにチャンピオンになるよ。」と、どうやら既にベルの許婚状態です。それは楽しみな。
starlong.jpg「ベルのお禿も良くなって、ホントに良かったわ。とっても心配だったのよ」と、サルゥ。
「そうそう、実はね、この間お徳用が終わったから、バルセロナまでまた買いに行くのも面倒だし、ペパの所で取り寄せてくれる様に頼んだのよ。そしたら、これなのよ、どう思う?」と、ちょうど気にかかっていた事を相談します。ベルの毛生え薬は「ビオティン・フォルト」という、お産後などで毛の状態が良くない犬用の栄養剤の類なのですが、これはどこのペットショップにでもあるという訳ではなく、やはり相当に犬に詳しい専門的な店でないと扱っていません。サルゥが紹介してくれたお店は、オーナー自身がブリーダーとしてエキスポジションに出している人で、本当の意味のプロフェショナルなのですが、バルセロナのちょっと行きにくい所にあるので、手近で取り寄せてもらえるならと、ペパに頼んだのでした。ですが、ペパは「ビオティン・フォルト」なるものを知りませんでした。これは栄養剤で薬ではないので、まぁ知らなくても仕方ないのかもしれませんが。そして取り寄せてくれたのが大徳用缶で、馬用だと言うのです。
「要らなかったら返してもいいのよ、気にしないでね。とても高額のものだし」と、ペパ自身不安そう。
「ヒヒンなんて鳴き出しちゃったりして」と、フウ。
「それでなくても馬みたいな走りっぷりなのに」と、獣医から不安そうな顔を見せられては、こちらだって心配になります。一応、と言って引き取っては来たものの、やはりこの手の事はベジェスに聞くのが一番です。
「え、馬用? どれどれ? う~ん、大丈夫だよ。ほら、ビオティン含有量が同じだから。プロテインがちょっと多いくらいだから問題ないよ」と、ビセンス。
「良かった。これだとお得だからと思って」
「ホントね、うちも獣医に頼んでみようかしら。なんたって沢山いるからね」と、サルゥ。ベルはお禿げの悩みでしたが、実はジョーは昔から毛の質に問題が出やすく、ひどいとザラザラとくすんだ様に見えてこれが悩みの種なのだそうです。

フランス・ダル・クラブが出した成績表には、ベルの評価はこう書いてあります。
“大きい。スポットは黒く、くっきりしている。ステップは常に一定。完璧な素晴らしい歯並びをしており、瞳はほとんど黒に近い。前足の動きは非常に良いが、後ろ足はまぁまぁ。”
まず大きいと書かれているのが笑えますが、まぁ、こうしてベルとフウの海外遠征初兆戦は終わったのでした。そして、この1週間後にマドリッドでスペイン本大会が行われ、これのオープン・クラスで勝てばディジーがスペイン・チャンピオンのタイトルが取れるというので、ビセンスたちはディジーを連れてまたまた旅したのでしたが、残念ながら彼女は2位に終わってしまいました。次は来春のマドリッド本大会まで持越しです。

さて、ベルはこの後ちょっと太ってきて、やたらと縫いぐるみを自分のベッドに持ちこんだり、メス犬や仔犬に過剰に反応したりする様になりました。どうも想像妊娠ではないか、とサルゥが言うのです。
「良くある事よ。そういう子はいいママになるのよ、だってもう準備してるんですものね」
 まさか、まさか、本物だったりして。何て心配で心配で思い出そうとするのですが、目を離した隙にオスがいたなんて事はなかったし…。セロが終わったからとまた復活した犬友広場でも、メスを相手に絡むようになって困ったものです。何時もは仲良く遊ぶ相手とも、ウゥウゥッ言ったりして。「あんなにシンパチカ(愛嬌者)だったベルがどうしたの?」と、みんなが不思議がるので、
「想像妊娠らしいの、どうも」
「えぇ?! 犬でもそういう事ってあるの? いやぁ、ベルったら可愛いね」
「あ、うちの子もなった事ある。白いお乳が出たりして。薬を飲ませて押さえられるわよ。獣医に連れて行ったら?」
「ホントの妊娠じゃないんだろうね? テレサのルアーみたいな事になってたら大変だよ」と、チャーチルのペラおじさんが笑って言います。テレサのルアー事件とは、メスのルアー(茶のシェパード系雑種、3歳)が庭にいた時に塀を飛び越え侵入したドラクラの夜這い事件。犬友広場横のパセオ・ガウディ沿いは低層住宅街で、最近特にサン・クガットで人気の高いアドサーダと呼ばれる造りになっていて、これは通りに面した低い門扉から玄関へのステップ部分に少し空間があり、後ろに独立した裏庭を持ちながら何軒もが繋がっている、地上3階建て式の住宅が何層も連なっている形態なのですが、テラサの家ではこの玄関前の空間に犬小屋が置かれていて、門扉などは人間からは直ぐに見渡せてしまう程度の高さに過ぎず、言われてみればハートがヒートしてる中型犬以上のオスなら、根性を見せれば乗り越えられるのも納得な高さなのです。
 ある日、ふと台所から玄関先を見やると悪名高き前科者(他所の家でもやったらしい)のドラクラが、
「もう用事は済んだ風に、居座ってたんだってさ。飛び超えて侵入するのはやってのけられても、終わった後は別段急がないからね、タバコを吹かして一服してたそうな」とペラおじさん、見てきたような身振り手振り。ペラおじさんは仕事後にここでみんなとおしゃべりするのが毎日の楽しみ、という人で彼のイングリッシュ・ブル「チャーチル」はベルの仲良し。チャーチルは鼻がひしゃげてますから鼻息が「ブハッブハッ」と、何となくユーモラス。ブルは頭がデカイので生まれる仔の数は少なく帝王切開で生ませるのがほとんどだと、ベジェスが教えてくれました。ブルの値が高いのは犬種として優秀だからとかではなく、数が少ないからなのだそうです。帝王切開の為1匹当り最高2~3回しか出産させられず、妊娠しても頭数が少ないのだとか。また自力での掛け合わせは出来ず、人間の手助けによって掛け合わせが行われ自然のままだったら消滅しかねない犬種だと聞いて、びっくり。このチャーチルとペラおじさん、小柄で頭が大きくずんぐりしてる所なんか、何だかとっても雰囲気が似ています。チャーチルを家族の一員として可愛がっている事がとても良く伝わってくるのです。時々奥さんも来て、仲良しのモンセやコレッチャおじさんなどと、のどかにその日のお喋りをして家路に付くのです。

coqueta.jpgさて、「ソーゾー妊娠、ソーゾー妊娠」と笑ってばかりもいられないので、獣医のペパの所へ連れて行きます。ここでは大きな乾燥フードが入った大きなキャンディケースが受付の所や診察室に置いてあって、診察が終わると甘い声で優しく撫でてもらった後、これをぽんとお口に入れてくれるのでベルは大好き。
「エ~ッ! 想像妊娠じゃないかですって? でも、ホントに間違いは起こしてないんでしょうね、ベル?」と、ペパはベルの頭をくりくり撫でながら、おっぱいを触ってきゅっと押してみると、小学上級生の様にぷっくり膨らみ始めたおっぱいから白いミルクがポトリ…。
「あら、本当ね。薬は極力飲まない方がいいから、毎日三回、こまめに乳首を消毒液で拭いてあげてね。乳腺炎になると大変だから。暫らく様子を見て、改善しないようなら薬を出しましょうね。そんなに心配する事はないわよ」と、言われてひと安心。そうか、想像妊娠か、と思って観察すると何となくベルったら女っぽい。特に腰の辺りがふっくらし始めた気がします。自分用の縫いぐるみやら夫の靴下やら、何でも自分のベッド=巣に持ち込んで、時々舐めたり咥えたり。犬ってやはり人間的です。この頃特に感じるのは、
「ベルって犬じゃないよね」
「違う。自分の事、絶対、犬だと思ってないよ」
「ナイナイ」
「僕、今度生まれ変わったらベルがいい」
「ホント、お母さんも。犬じゃなくて、ベルね」
「そう。だってベルったら一番幸せだよ。お腹一杯食べて遊んで、宿題もないし。みんなに可愛がってもらえるし」
「そうだよね。ベルがいいよねぇ」と、フウと私は憧れの溜息をついてしまうのでした。ソファを我が物顔で占領し、人のベッドでは伸び伸び全身を伸ばし、撫でて撫でて、と激しく要求し、時々クサーイおならをカマス奴。そんな可愛いダルがベルなのです。

 ベルの想像妊娠は薬を飲まずじまいだったので、少し時間が掛りましたが、無事に収まった様です。あまり強く触ってはいけないと言われていたおっぱいですが、張りも治まり試しに押して見ましたがもうミルクは出ません。完治ですね。ちょっと荒くなっていた感情の波も収まったようで、ひとまず安心。いつもの仲良しルアーやクゥニーとも元通りです。ところがルアーの飼い主のエバがやっぱり庭にある家に引っ越す、と言うのです。彼らは新婚で近くのピソに暮らしているのですが、それを売りに出しながら新しい家の下見をしていました。住みながら売るというのは大変な事で、私たちも今の家を買い換える前のピソはその方法でしたが、今現在も生活している空間を見せるわけですから、常に片付けていなくてはならず週末には人がどっと見に来るし、子供がいたら家族関係が歪になってしまいかねません。私たちは夏休み前(夏休み中は不動産売買はほとんど動かない)のひと月で懲りて、取りあえず別な家に移ってから売ろうと考えを改めた矢先、夏休み明けに夫が夜陰に紛れて友人のパブロとあちらこちらに張った自前のビラが効を発して、割にすぐに売れてしまったのでラッキーな方でしたが、アデとパブロの様に値を下げないまま頑張ろうとするあまり、7ヶ月も掛ってしまったケースもあり、時間とその間の苦痛を思うと、引き際が肝心だとある程度の値下げを即決して売った方が良い場合が多いのです。
 エバとパンタもやはりほとほと懲りて、見つけた家を取りあえず買ってから売る事にした様です。彼らは犬が1匹と猫を2匹飼っていますが、エバはもう1匹犬が欲しいとゴネていて、庭がないと無理と言うパンタの言葉を逆手にとって、庭付きの家に引っ越すという、いかにも彼ららしい成り行き。パンタはお父さんが小さいながらも良質な出版会社を経営していて、見るからにおっとりと育ちの良さが滲み出ている好青年ですし、エバはピアノを教えていますがアーティストっぽく、ボヘミアン風に生きたがっていて、そのアンバランスが愉快なのでした。まぁ、気の良いパンタが我の強いエバに引っ張られている、という何だかアデとパブロ的組み合わせ。
 いよいよサン・クガットの隣区バジャドリッチの森の中に家を買い、冬前に移る事に決まった彼らと、モンセを招いて食事会をしました。エバたちが引っ越す辺りは庭付きのこぢんまりとしたお家が一杯あるのですが、もともとが夏の別荘地帯として開発された所なので、暖房設備が弱いという難点があります。依然私たちも庭付きの家を考えた事があるのですが、駅周辺は出物もないうえ高額過ぎて手が出ず、駅から遠くては車なしでは何の用事も済ませられない、という事が共働き夫婦にとっては最大の難題なので、諦めざるを得ませんでした。でも、そう、犬を飼うには庭があれば本当に素敵です。ここに来てまたもや「運転免許、やっぱりとろうかなぁ」と考え始めた私。う~む。

fupapa.jpgまぁ、それはさておきエバは学校のピアノ講師の口はなくなってしまったというし、個人教授もさほど熱心にやる気はない様子。家でボヘミアン的に暮らしたいのが本音みたい。
「でもあの辺りって、犬の散歩はさせにくいんじゃない?」
「そうなのよね。一帯が開発区だから家が並んでるでしょ、森に繋がってる訳じゃないし。お友達もいなくてルアーが可哀想だから、何時もの様にこっちに連れて来るわ」
「そうそう。また一緒に散歩しよう」
「それで、もう1匹飼うの?」
「いや、とんでもない。もう少し落ち着いてからだよ」と、顔の前で手を必死で振り逃げ腰なパンタ。
「ウフフン」と、エバ。勝負は決まってるわね、こりゃ。モンセもそう思ってるらしくニヤニヤしています。私たちは週末の朝待ち合わせて、一緒によく森に散歩に行くのですが、始めはエバとモンセと我々だけだったこの森の散歩組もモンセの友人のアニータが加わり、広場に来るドイツ人のクリスチャン夫婦、そしてやはりドイツから赴任してきたばかりのクリスチィナ夫婦なども加わって、犬友の輪は徐々に密度を増してのお付き合いへと広がり始めました。

そしてこの頃、思いがけない話が犬友のマノロから持ちかけられました。この間の「コレッチャおじさん残念会」で隣り合ったマノロが、バルセロナ大学美術科の彫刻家教授と知り盛り上がったのですが、その際に我が夫が建築家であり、奥さんのマリッサが教授を勤めるバルセロナ自治大の、通訳翻訳科棟の中庭に日本庭園を造った話をしたところ、その庭を見たいと言われて夫がマノロとフェランを連れて説明がてら案内した事がありました。その庭を見たマノロから、自分が持っているプログラムの中で日本庭園に関する講演を大学でしてくれないか、と持ちかけられたのです。彼は環境彫刻と言う観点から「庭園」についてのプログラムをコースとして組んでいるとの事。その一環として二時間ほどの講演を依頼してきてくれたのでした。思いがけない所から広がりを見せ始めた犬友の輪。夫は願ってもない事と、早速準備に掛ります。ちょうど6月にスペイン大使館の契約で日本に帰国した際に、造園家のご紹介で京都御所の一般公開されていない庭園部分まで見学でき、その時のスライドが役立ちそうです。

まず夫が日本語で原稿を用意し、私がそれを下訳し、次にマノロがチェックし、講演用の下準備は整いました。今スペインでは「フェンスイ(風水)」がちょっとしたブームなので、それも絡めて御所の美しい回遊式庭園のスライドなども組み合わせる事に。講演会当日、マノロとマリッサが迎えに来てくれてバルセロナ大学へ向かいます。ドキドキ。まぁ、今日の講演ポスターまで貼ってあったりして。私は夫が講演中ずっと胃が縮む思いでした。今までも何度か日本庭園、建築などについて小さな講演を依頼された事がありましたが、何時もは通訳の方がご一緒の事が多く、自分でスペイン語による講演をするのは滅多にない事なので、夫も大緊張。
「こんなに緊張して聞いたのって、建築学会の発表以来だわ。疲れた」
「あぁ、終わった~」
 講演は割に関心が高いテーマだったらしく、質問なども飛び交って、まずまずの反響。マノロの顔を潰さずに済んだかな? そしてこの講演を聞いてくれていた人たちの中から、バルセロナ造園学校で日本庭園に関しての講座を持っているガブリエラ女史が、造園学校での講座を持ってみないかと声を掛けてもらったりと、その後思いがけない発展を見せたのでした。

講演後マノロが慰労の意味でレストランに誘ってくれ、晩目のお昼を頂いたのですが、この時に彼らが日本食が大好きという話が出て、
「あら、そういえばエネコにレストランを聞かれた事があったわね」
「この子はお寿司が大好きなのよ。マノロが大学の研修奨学金で半年ほどアメリカに行った時、私たちも同行したの。ニューヨークで始めてお寿司を食べて気に入っちゃったみたいで。この間、教えてもらったレストランに早速行ったのよ」
「じゃ、お刺身も食べるの?」
「大好きよ」
 じゃあ、うちで食事をしましょうよ、という事になって、マノロ夫妻とフェラン夫妻を誘って食事会がセッティングされました。さらに広がる犬友の輪。レストランで食べるのとはちょっと違って、見慣れぬいわゆる家庭料理にいろんな質問が飛び交って賑やかな夕食会です。砂糖をたくさん使うと言うと、みんな意外な顔をします。マリッサは菜食主義、と言うか以前に病気になってから食餌療法を取り入れたそう。完全菜食主義というのではないのでお魚はよく食べるし、お肉もまったく食べられないのではないとの事。マノロは唯一アボガドが食べられないとか、フェラン達は刺身はちょっと苦手だとか、食からの話題は尽きません。この夕食会のお返しに、
「じゃぁ、今度はうちの別荘に来ないかい? 寒い時期だけど庭でパエージャをご馳走するよ」と、フェラン。
「彼のパエージャは最高なのよ」と、マイテ。誘われるがままに彼らの別荘のあるコスタ・ブラバ行きが決定です。

 さぁ、あれから早くも1年が経ち、今年も無事にフウの誕生日が巡って来ました。この日を迎える事ができるのが、1年で最も大きな喜びです。平日なので今日は彼の好物を食べ、ケーキでお祝いするだけ。お友達を呼んでのパーティは日曜に持越しです。夕食のデザートの折りに、何時も通りのイチゴのケーキにローソクを立て、アデとパブロ、娘のパウラとこの夏に生まれたクララを呼んで一緒にお祝いします。去年はダルが来る、と決まった喜びがあったけど、今年はベルも一緒の楽しかったこの1年、ベジェスたち、犬友たち、怒涛の様に広がった世界への喜びが一緒です。ベルがお裾分けの生クリームを貰って嬉しそう。フウが手に入れたのはダルだけではありません、自分の大事なパートナー、ベルとそれに伴う大きな“何か”を手に入れたのです。おめでとう、フウ!


camino.jpgさて、さすがに11月も末になるとぐっと冷え込み始めます。朝の散歩時には霜で真っ白になる日が増えました。スペインは年間を通じて暑い国の様に思われ勝ちですが、アンダルシアだってグラナダのような内陸部はバルセロナより冷え込んで、真冬は氷点下になる日があります。バルセロナは冬の最低気温が通常は 4度辺りで雪が降ることはめったにありません。でも、それはあくまでもバルセロナ市街区の事で、わが街サン・クガットはいみじくも夫が言うように「バルセロナ・ピレネー式気候」。バルセロナの街とは普通で4度くらい、ひどい時には10度近くの温度差が生じます。夏はいいんです、清涼で。山を超えた途端に空気が変わりますし。でも冬は…。森へのコースも日増しに白さが増すような日が続きます。湿度が少ないので日本のような霜柱が立ち上がる事はあまりなく(唯一クレーのテニスコートで見たくらい)、乾いたサクサクという音が心地よく、寒いのは大の苦手ですが森の中には冬ならではの楽しみもあるのです。真っ赤に色付いた野薔薇の実もそのひとつ。枯葉が白い霜に覆われ精妙なレース模様を見せてくれるのも楽しみ。冷え込んだ真っ白な朝、ベルが草の上を歩くサクサクという音が、繊細な音楽の様に聞こえてきます。うんちをすると湯気が出ているので、チェックしやすいのも利点かな? 森の中は風が吹き荒れるという事はありませんから、静かに自分の大地を踏む音が聞こえるのは、しみじみとした喜びをもたらしてくれます。ベルは日増しに美しくなり、その美しい生き物と歩くというのも喜びです。

 予てからの約束だったフェラン夫妻の別荘へ、マノロ一家と一緒に食事に招待されました。辿り着いた村の待ち合わせ場所から、フェランの車に誘導されて山道をクネクネと入り込んで行きます。この辺り一帯はトラモンターナと言うアルプスからの北西風が吹き荒れ、気温がぐっと下がります。トラモンターナはフランスのミストラルと同じで、恐ろしい暴君です。山全体を別荘地として開発した為、この辺りの家は全て斜面を利用しているのですが、フェランの別荘はこの斜面のレベル差を上手く活かした造りになっていて、カダケスにあるサルバドール・ダリの別荘を思い出させます。違うのはダリの別荘は一階(正確に言うと一番下のフロアー)から小さな段差で右に左にと上がっていくのですが、フェランの家は一階から階段で下へと降りて行く事かしら。サロンの左壁に可愛い形の暖炉があり、この辺り一帯の風をよく知っている左官に頼んだものだそうで、とても上手く機能しているそう。風は常に左から吹き付けるので、左壁面には窓がひとつもありません。そして何よりのご馳走は遠くに見える地中海の素晴らしい蒼のライン。貨物船が水平線に浮かんでいるのが見えますが、ここの港は風が吹き荒れたときの避難港ともなるそうです。今日も風が吹き荒れていますが、これはまだトラモンターナではない、との事。
「こんなものじゃないのよ。でも、家の中にいれば別段関係ないし、隔週末にはここに来ないと、何だか酸素不足のようになってしまうのよね」との、マイテの言葉に頷くフェラン。ベルは庭で大喜びですが、まずはフェランたちのメスのシェパードと、小さなメスの雑種、それから彼らの娘夫婦のボクサーとまず顔合わせをしなくては。シェパードとおちびはわぁわぁ吠えるだけで(しかしかなり吠える、あんまり吠えるので散歩の時シェパードは口輪をされる)、ベルは迷惑顔をしていれば良いのですが、問題はメスのボクサー。かなりの性格でしつこくベルを牽制します。ベルは始めはそれなりにパスしてるのですが、攻められれば気が強いので負けてはいません。でもいけない事だとは思っているので(余所者はあくまでもベルなので)出来るだけ近づかない様に気は使っているみたい。

 風のひゅぅひゅぅと言う音が聞こえる中、フェランとマノロ、夫の男3人は庭のバーベキュー用暖炉に火を熾し、大きなパエージャ鍋をかけています。鍋の中は超豪華シーフードてんこ盛り。しかし冷たい風が強すぎて火はなかなか上手く調整できず、鍋の中は煮えても蓋がある訳ではないので上の部分が冷たい、ちょっと残念な仕上がりのパエージャとなってしまいました。ですが食通を自負しているらしいフェラン夫妻は、
「これがパエージャなのよ。他のはアロス(米)料理」と言います。もともとが一つ鍋で出来る手軽さから野外料理だったと言われるパエジャ、本当に美味しいのにはそうそうお目にかかれず、レストランで食べるのは大概が塩味が強くて、店によってはリゾットの様にグチャリとしていたり。其々の家庭に其々のパエージャがあると言われる様に、好みは千差万別。仕事柄、外でお相伴する事が多いのと、友人たちが作ってくれるのが多いのとで、私は今はもうほとんど家でパエージャを作らなくなってしまいました。日本に住んでいた時の方が「ご馳走」と言う感じで作っていた気がします。何故かは知らないけど定食屋さんでは「木曜はパエージャ」というのが多いみたい。


rosa.jpg食事の後で腹ごなしを兼ねて散歩に行きます。この辺り一帯は別荘地としての開発が古くから行われ、外国人が所有している家も多いのでドイツやフランスナンバーの車も多く、少し歩いて行くと直ぐ裏のカンポに出られ、そこからはピレネー山脈も見えます。カンポと言うのは野原や麦畑や、森には至らない草原のような意味合いで、スペイン語ではまず田舎の風景と言うとカンポ、それからボスケ(森)、モンターニャ(山)と言う風に呼び別けます。古いマシア(農家屋) があって、この辺りは別荘地としての値が上がったので、さぞ土地成りも一杯出たんだろう、などと賑やかに散歩が続きます。帰りは車で少し行った所にドルメンがあるというので、それを見学して帰る事に。
 ドルメンとはイベリア半島の先住民族イベロ人のお墓跡で、かなり重要な遺跡だと思うのですが、実に無造作に僅かな柵が作られているくらいで、厳重に囲ってある訳ではなく、好き勝手に触れもすればお墓の中に入れもする、そんな程度の保護しかしてありません。日本の遺跡発掘現場をよくTVなどで見ますが、あれに比べたら全くと言っていい放ったらかし状態。エネコとフウは中に入りこんでいますが、上に乗っている大きな石が落ちてきやしないかとハラハラ。積み上げてある石も何となく無造作な組み合わせで隙間が見えるし、こんなものがよく2000年以上もの間、風雪に耐えぬいたものと感心するばかり。近くには組み立てようとして放置したままの様な石がごろごろ。コスタ・ブラバ一帯には沢山のドルメンが残っているそうですが、ほとんどが放置状態だとか。そういう文化保護にまで至れなかったスペインの近代史の暗部を垣間見た気がします。溢れんばかりの強い太陽に否応なく曝され、白骨化していく様を思い浮かべると、少し重い気になりますね。

さて、12月になると街はクリスマスへ向けて急に賑やかに慌しくなってきます。夏のヴァカンスの後は、人々の心はクリスマスへと一斉に方向が定まります。年々早まってきた通り通りのクリスマスのイルミネーションの設置も、点灯が始まるのは11月の末から。かつて宗教色の方が強かった頃は、12月8日の「聖母マリア原無罪御宿りの祝日」からしか点灯しなかったし、その日からしかクリスマスの市が出る事はなかったのですが、現在の様に商業色の方が強くなってからは、何もかもが早まって購買意識を煽ろうとしています。
 もっとも、カトリック色の強いスペインで最大の祝日はと言えば、当然「主キリスト御降誕の大祝日」、つまりクリスマスな訳ですから、その日の為にプレゼントの用意に駈け回る人が増えるのは致し方ない事です。実はここにもちょっとしたスペインらしい落とし穴があって、スペインではクリスマス期間が他のキリスト教国より長いのです。他の国では12月8日から25日のクリスマス、31日の年越し、1月1日の元旦までが、いわゆるクリスマス期間。バーゲンなどはクリスマスのプレゼントが終わった26日辺りから始まりますが、スペインは1月6日の「レジェス・マゴス=主の御公現の祝日」までがクリスマス期間なのです。この御公現とは何かと言うと、つまり当方から来た三賢人がキリストと御対面した日、お祝いを捧げた日な訳です。で、この日に東方からの三賢人からプレゼントを頂くと言う風習が古くからあり、北欧で生まれたサンタクロースが後で勝手にホテイ袋からプレゼントを派手にばら撒く、商業的スタイルとは生まれも意味合いも違っているのです。聖人ニコラウスから来ているサンタクロースですが、御伽噺的過ぎて根拠がないと言うので、この間聖人の名称をローマが外したと言う記事を呼んだ様に思うのですが、サンタを取られたらただのクロースになってしまうのかしら? 因みにスペインでは「パパ・ノエル」と、フランス語から拝借した呼び名だし、サンタクロースが新しい文化と言うのが良く分ります。そう言う訳で冬物バーゲンはプレゼントが終わる1月6日開けの7日から。「三年連続一番乗り」と大した写真が、地元紙「ラ・バンガルディア」の第1面に出た事があって、個人の肖像権など何処吹く風、三人のオバサンに丸が付いていて同じ顔ぶれなのでした。開店前から並んでバーゲン一番乗りで駈け込んで行く根性って、何処から来るのか常々不思議。余談ですが。

girona.jpg 12月に入るともう働く気持ちがだらけて来て、プレゼントに悩む人、連休の使い方に悩む人、色々です。ガウディのカサ・ミラの正面テラスには2000年まであと何日の巨大日めくりが登場し、毎日お昼の12時になるとコメディアンズという劇団の面々がショウを見せ、日めくりを捲っていきます。彼らは路上パフォーマンス劇団で、バルセロナオリンピックの閉会式に花火を使ったカタルーニャらしいパフォーマンスを見せ話題になりました。大世紀末的だと世の中が騒ぐので、何かあるのかなぁと人は、何にでも漠然とした期待を抱いてしまう様です。カサ・ミラの不思議な排気塔のある屋上からロープで降りてきた劇団員が、大きなカラクリ時計のねじを巻き、また一枚、昨日と言う日を捲っていきます。
そんな気忙しい季節だというのに、今年最後のエキスポジションが11日にあるので来るように、とベジェスたちがさっさと申し込みをしてしまいました。今回もディジー・ママと一緒です。ディジーはフランス・チャンピオンのタイトルは2歳になるや否やで獲得しましたが、スペインチャンピオンのタイトルをまだ持っていないので、それを狙っているのです。今日はリブラ・カサノバのダルがもう1匹出るというので、それに会うのも楽しみです。待ち合わせをしてジロナの会場の駐車場に着くと、直ぐにこれはどう見たってダルの持ち主だなと判る派手な車が止まっています。白い車体には黒いスポットが書いてあり、ダルのステッカーやら縫いぐるみ、後部座席はダル模様のカバーで覆われています。
「マリーの車だわ」
「ハッデー!」
 マリーはドイツ人で、ご主人が運送会社で働いているのでその長距離トラックにダルと一緒に乗って行くそうです。
「フランスもイタリアも、何処でも一緒よ。スイスは犬の持ち込みがうるさくて、書類が整っていてもダメだと言われる事があるらしいから、怖くて連れて行かないけどね」と、彼女はこちらで生まれたのでスペイン人のアクセントです。ドイツ人の両親はこの国の気候に惚れて移り住み、今は海辺でレストランを経営しているとか。ドイツ人、イギリス人は本当に太陽に憧れるみたいね。マリーのダルはちょっと小太りの3歳のメス。
「あたしに似たのよ、あはは」と、豪快。

 ベルは無事ヤングクラスのグループ決勝に進む事になりました。そしてここで私たちは始めて噂の「イタリア・ダル」を見たのです。成る程そのダルは華奢で、
「あれってジュニアなの?」と、私が聞くと、ビセンスが直ぐに反応して、
「とーんでもない! あれで大人のオスだよ、オス! ベルより小さい(確かに)。肋骨が見えてるじゃないか。餌をやらないで小さく育てたがるんだよ、イタリアは」と、鼻息が荒い事。マニュエルも私の上にのっ掛るようにして、
「モデルみたいな体つきを作りたがるんだ。でもほら、骨格がちゃんと出来ていないだろ? ちゃんと運動させてないから筋肉だってないし。それにほら、ああやってプレゼンテーションの時に身体に触ったりするだろ? アメリカの悪習だよ」
 ふ~む。そう言えばイタ・ダル君をプレゼしている若い男性は自ら膝を突いて、ダルの首の所とお腹の下に手を入れて形を整えると、首と尻尾のところに手を添えてポーズを決めています。でも、それより更に小さなオスがいて、そちらはスポットもお粗末。イタ・ダルはパパがチャンピオンで、それなりに道を極めようとしているみたい。しかし、オスなのに。みんなベルより小さい…。
「ベルって大きいね」と、しみじみ。
「大きすぎるって事はないよ。骨格がしっかりしてるし、動いた時の筋肉も美しい。スタンダードだよ」と、マニュエル。でも、1歳になってないのに。
「これ以上大きくはならないさ。後は胸部が発達してくるけどね。ほら、ディジーを見てご覧。胸がすごく厚いだろう?」
 ディジーと比べるとベルは体長などはそう変わらなく見えるのですが、ディジーは本当に胸板が厚くもっと幅があります。腰もしっかりしているし、とても女性的です。ベルはまだ中性的な部分があるって感じ。でもディジーは浮かぬ気な顔をしています。
「ディジーはあんまりエキスポジションが好きじゃないんだ。むろんちゃんと走るよ。でも、喜んでって訳じゃないんだ。喜びが少し足りないんだよ。それに比べてドゥルスバはこういう雰囲気が大好きなんだ。な、ヤヤ(お祖母ちゃん)?」
 今日はお出かけ大好きなドゥルスバも一緒です。もう10歳になろうかというのに妖艶な感じのするお祖母ちゃん。彼女がエキスポジションに出ていた頃はさぞや絶世の美女だったのでしょう。
「ドゥルスバが出るって判ると参加しない人たちが一杯いたんだ。勝ち目はないからね、ゼロさ。フランスでは軒並み勝ったし、スペインでだって。ホントにエキスポジションが好きなんだよ。この目。こんな豊かな表情をした目は他にないね。子供達にも孫にも出なかったけど、ベルの子供には隔世遺伝で出るかも知れないぞ」と、ビセンス。本当に愛しそうにドゥルスバの頭を撫でています。

 やはりオスのクラスではお腹がえぐれてスタイルだけは一見良さそうなイタ・ダル君が勝ち残り、メスで勝ち残ったディジーとの決勝です。2匹が並ぶとディジーの体格の立派さが際立ち、イタ・ダル君はジュニアにしか見えない。しかし、イタ・ダル君が勝ちました。何故って、
「この審査員はダルの事なんか、なんにも知らないんだよ。そういう場合は、プロのブリーダーが勝つのさ」
「あんな貧弱なダル!」と、サルゥはプンプン。よかった、スタイルがいいね、なんて迂闊なこと言わなくて、と夫とこっそりささや囁き合う私。素人目にはスッとして見えるし…、という事は、この審査員も素人目の持ち主?
「審査員にもクラス別けがあるんだけど、A級だと、かなりの数の犬が判らないとダメなんだよ。自分が飼ってる犬には詳しいけど、他のに関してはどうしても広く浅くなる場合が多いんだ。本人のやる気の問題でもあるけどね、むろん」
「審査員の当たり外れでどうにでも変わるんだよ。だから大きな大会とかの場合は、審査員が誰かを見てから参加を決める場合もあるんだ」
「なるほど」

 さて、また春のバルセロナでの再会を期して、マリーは早々に引き上げてしまいました。ベジェスたちはベルのグループ決勝のために残ってくれていたのですが、突然ドゥルスバのうんちに血が混じっていると言うので、大騒ぎに。
「自治大の獣医部に連れて行こう。救急はあそこが一番確かなんだ。他のちょっとした事なら町の獣医でいいけど、救急や専門的な事は、やはりあそこじゃないと」と、みんな心配そう。またもやいきなりベルは私が出す事になり、バタバタとお別れです。
「そうか、救急は自治大ね、覚えておこうっと」
「そうだね、家からも近いし」
 しかしエキスポジションは疲れます。とにかく全部の審査が終わるまで待たなくてはいけないので、そのうち夫とフウはベルのお座布に座り込んで、ベルと一緒にうたた寝。かなりだらけた雰囲気があの辺りに漂ってる感じ。決勝に残らない人がどんどん引き上げていく中、残ってる人たちにはそれなりに真剣ムードが漂っているのですが…。決勝は予定より遥かに遅れて夕方の7時頃に始まりました。朝の10から7時まで引っ張られるのは辛いものです。おまけに私たちみたいな新米はベジェス以外にこれといって知り合いもいないし。唯一の知り合いは獣医のペパのところでトリーミングをやってる美容師さん。これも顔見知りというだけで、ベルは彼女のお客でもないし。何となくだれた感じで眠りこけてるベルを起こしますが、もういやだなぁ、もっと寝てないのに、という吹き出しをぽっかり宙に浮かべつつ、欠伸をしての登場です。やっと仔犬クラスが終わり、ヤングクラスの番です。普通ならグループ毎に1位から3位を決めて、全部のグループの1位の中から本日の最優秀犬を決めるのですが、時間が押しているせいなのか、いきなり全犬種のヤングクラスがリンクに出され、そこから1位から3 位を決めるというので、狭いリンクに全犬種が勢揃いしてひしめき合っています。何なのこれ?っと思っているうちにシェパードなど見なれた犬種が選ばれて、はいお終い?
presentacion.jpg「滅茶苦茶だね」の一言。もうぐったり。これで本年度のエキスポジションは終了となりました。家に帰ってからベジェスにドゥルスバの事を問い合わせると、別に異常は見つからなかったとの事。サルゥがベルはどうだったかと聞くので、ダメだったと言うと、
「どうして? グループの3位にまでは絶対入るでしょうに!」と騒いでいます。
「それがね、遅くなったから全部のグループが一緒に出たの」
「エーッ、そんな滅茶苦茶な!」と、言って電話口でそれをビセンスたちに説明するので、それに反応してる彼らの声も一緒に聞こえてきます。そのうちダルのどれかが吠えるし、ラインが何かしでかして怒鳴られてるしと、電話の向こうの騒ぎがそのまま伝わって来ます。
「全くカタルーニャ・ケンネルクラブはオーガナイズが下手なんだから!」
「纏めてひっくるめてなんてあんまりだ! 会費の使い込みばっかりして!」
「あぁ、うるさいわね、あたしに喋らせてよ!」
「こらっ、うるさいぞ、ジョー! 静かにしろ」
「ライン! ほらちゃんと見てやれよ、おちびを!」
「ちょっと待ってよ! ね、ね、クリスマスにご飯食べに来ない? 家で育てた七面鳥を絞めるのよ、いらしゃいよ。また日にちが近づいたら連絡するわ」
 ほんとにサルゥとビセンスのやり取りって、電話越しで聞いていても臨場感たっぷりで面白いのでした。あんなに過激に言い合ってよく禍根を残さないものだと、何時も思ってしまいます。日本人気質から考えると、言えないし、言ったらお終いだ、と言う感じがするのですが、毎日やりあってる彼らのパワーにはほとほと感心します。それにしてもよく一緒に暮らせるものです。

 ところがこのクリスマスの招待がまたまたサルゥ独特のオーガナイズのお陰で、ひと波瀾。スペインではクリスマスが最も重要なので、本来はクリスマス・イブの夕食とクリスマス当日のお昼は家族が寄り合って食事をするのが一般的です。クリスマス休暇はヨーロッパ中の民族が大移動し、故郷へと帰っていきます。我々の様にカトリックでもなく、この国に家族を持つ身でもないものにとっては何とも手持ち無沙汰な季節で、例年スキーに出かけたりして過ごす事が多いのですが、26日がカタルーニャは「聖セバスチャンの祝日」でお休み。この日はいつもアデの処で遅目のクリスマスを祝う事になっているのですが、サルゥが誘ってくれたのは25日のクリスマス当日。しかも時間を聞いても好きな時にいらっしゃい、と言うばかり。はて、困った。お昼なのか、夜なのか。
「お昼は家族で祝うんじゃないかしらね」
「そうだよなぁ」
 あまりクリスマスに家族の団欒に割りこむのはどんなものか、という戸惑いがあって、やはりこれは夕食の事なのではないかと考える事にして、持参するクリスマス・ツリー型のケーキを焼いて準備をしていると、
「ねぇ、まだ来ないの?」と、サルゥの電話。ま、お昼のお誘いだった訳? 結局時間がずれ込んでの会食となったのですが、
「いやぁ、時間を聞いても好きな時にって言うだけで、はっきり言われなかったから」と、私が言うと、
「どうせ、サルゥがちゃんと言わなかったに決まってるよ。あいつはよくやらかすんだよ。話しが通じないんだ。同じ家に住んでるのに全然話しが通じないままって事が、ほんとによくあるんだよ、困ったものさ」と、ビセンス。
「聞いてないんだよ、聞いても直ぐ抜けちゃうか」
「まぁ、いいじゃないのよ! ほんとにビセンスったら人を馬鹿にばっかりして、うるさいんだから」と、食べ始める前にひと騒ぎ。まぁまぁ、とプレゼントを渡してなだめます。もちろんドゥルスバ、ジョー、ディジー、シニア、そしてベルへのプレゼントは骨型巨大ビスケット。ピンクのリボン付です。
「おぉ、別々にやらないと喧嘩になるぞ」
「ダルが喧嘩をするのは食い物がらみだけなんだよ」
ベジェスたちへのプレゼントはタイルにダルの絵を描いて焼いてもらったもので、我が家とお揃い。民家屋風なこの家にはよく似合う筈です。
「これは素敵だね。でも僕たちは何にもプレゼントなんか用意してないんだ。クリスマスなんか祝わないんだよ、別に」
「プレゼントしたい時にする事にしてるの、その方が実用的でしょ?」
「神様なんて関係ないからね。言ったっけ、うちの祖母さんの事?」
 そうそう、寄付金をしなかったから教会に席がないと知って、それっきり神様なんて糞食らえ!と、2度と教会に行かなかった骨太な農婦だったお祖母ちゃん。ビセンスとマニュエルが天然パーマのちりちりした肩まで届く長髪で、労働者のストライキデモの垂れ幕を持って行進している写真を見せてくれましたが、フランコが死んだ後のアナーキーな昂揚した雰囲気がよく分る写真でした。世代的にはちょうど、革命だなんて嘯いていた団塊の世代と同じですが、頭の中だけではない真の抑圧を経験していた彼らにとって、デモ行進というのは自らの存在証明として欠かせないものだったのかも知れません。スト権などと名ばかりの日本は、経済と言う名の独裁者に押さえられたままで、1度も自由を味わった事のない、そう言う意味では精神的に「貧しい国」なのかも。スペインではあらゆる職種がストをするし、自分の存在を主張します。この自己主張の強さには辟易させられる事しばしばですが、ですが、これなくては何も勝ち取れないのも確かです。ヴァカンスの日程でもなんでも、欲しい人が欲しいと主張しどこまで頑張れるかに掛ってきています。むろん譲歩の余裕、余白、を常に残しつつあるべきですが。
「ところで、誰が絞めたの、この七面鳥?」
「僕たちじゃないよ。村のお百姓に頼んだんだ」と、マニュエルが肩をすくめて笑います。雄弁な肩のすくめ方です。この家に育った七面鳥はこれまたでかくてジューシーでした。お腹一杯の食事の後、話はまたダルの事に。夜が更けていく中ダル談義は尽きず、あぁ本当にこの1年、ダルに明けダルに暮れたなぁと言うのが、我々家族一同の思いでした。ベルが生まれ、思いがけずもエキスポジションへ参加し、おまけにフウとベルは海外遠征まで体験して、私たちはベジェスに導かれるままに遅れまいと歩いてきただけなのですが、気が付けば遥かに高い山へと知らず知らず登り始めていた、そんなどことなく浮世離れした気分の一年でもありました。この歳を無事に過ごせた事に、新たな気持ちで歳を迎えられる事に、静かに感謝しつつ大世紀末への夜が明けていきます。