聴覚障害

ダルメシアンの最大の特徴は白地に黒、もしくは茶の水玉模様だろう。しかし生まれたばかりの新生児は真っ白である。いや、正確に言うと生まれた直後、ほんの一瞬だが、その仔が将来持つ事となる水玉模様が、薄いピンクの地肌に浮き上がって見える。だが母犬が舐めて毛繕いしてやると、やがて白一色に生まれ変わる。だが、この新生児の段階で既に大きな班が、頭部もしくは身体の一部に消えずに残ることがある。これがパッチである。何故パッチが生じるのだろうか。それはダルの毛色構成に関わる2つの遺伝子の影響だと考えられている。そしてこの毛色構成の遺伝子が、ダルの先天性聴覚障害に大きく関与しているのである。

ダルのベースカラーは通常考えられているような「白地」ではなく、実は「黒地」もしくは「茶色地」である。ここに白い毛色の遺伝子Piebald遺伝子が影響を与え、白い毛が全身を覆う形になる。ダルメシアンの新生児はこの状態であり、生まれた直後に垣間見えた本来のベースカラーも、白毛に覆われて真っ白に変わる。やがて生後1週間程すると、白地に丸く穴を開ける形でT遺伝子が作用し始め、白毛にPiebald遺伝子の影響を受けない部分、つまりベースカラーの黒、もしくは茶が穴から覗く形になり、ダルの特徴である水玉模様が形成される。

しかし、Piebald遺伝子の力が弱いと、白毛が全身を覆い切れずに、生まれた時からベースカラーが大きく頭部などに残る事がある、これがパッチである。パッチのある仔もその後T遺伝子の作用で水玉模様が出てくるが、パッチとダル本来の水玉模様は全く種類の違う班なのである。

そして美しい水玉模様を形成するPiebald遺伝子の力が強いと、先天性聴覚障害が出やすいと言われている。逆にパッチのダルに先天性聴覚障害の出る率は大変低いという。つまり、美しい毛色のダルに欠かせないPiebald遺伝子が強ければ障害の率が高く、低ければ障害の率が低い代わりにパッチという欠点が生じるという、ダルにとって最大のジレンマが生まれる事とになる。

また、両耳が聞こえない犬同士の交配よりも、片親の片耳が聞こえない場合の交配の方が、生まれてくる仔犬に聴覚障害が多く発生するというデーターもある。さらにもうひとつ、ブルー・アイのダルは先天性聴覚障害の出る率が高いという研究結果が出ている。 つまり、犬種向上を考える場合、片耳の聞こえないダル、ブルー・アイのダルは繁殖からは絶対に外すべきであり、遺伝性障害である以上、両耳が聞こえないダルも繁殖から外すべきである。

では、耳が聞こえるかどうかを判定するにはどうすればいいのか。正確に判定するには唯一BAER(能管-聴覚誘導電位)という、聴覚刺激に対する電気電位によって数値判定する方法がある。これは生後6週齢から行うことができるが、普及度は低く経費もかなり掛る。だが、6週齢から判定可能であると言う事は、逆に言えば6週齢までは判定が難しいという事であり、仔犬の発達速度には差がある為、やはりブリーダーの手元には最低8週齢、出来るなら10週齢まで残しておく事が必要であろう。
注意深く観察していると、全く耳の聞こえない仔は他の仔達と違って音に対する反応が鈍く、表情が乏しいなど、障害に気付きやすい事が多い。だが見分け難いのは、片耳だけが聞こえない仔の場合である。片耳だけが聞こえないダルは聴覚障害をもつダルの約2/3に当たる。だが注意していると、音源を直ぐに探し当てられず探すような素振りをする事が多い。ブリーダーができる簡単な判定方法としては、必ず各仔犬に次の検査を行うべきである。

6週齢以降、1匹ずつ別室へ連れて行き、一人が抱き、もう一人が仔犬の後ろ側から見えないように鈴を鳴らす。音源の方向を素早く振り返るなら問題はないが、全く反応しなければ両耳が聞こえず、音源を捜す素振りをするなら片耳が聞こえないと判定する。無論、正確に判定するにはBAERを行うべきである。

正常な聴覚機能を持つ場合の BAER数値全く聞こえない場合の数値

ダルにおける聴覚障害を少しでも減少するには、ブリーダーの誠実さに拠る所が多いだろう。ブリーディングを計画する際に、まずこの問題に真摯に向き合い、目を逸らさぬだけの覚悟が必要だ。そしてもし不幸にして両耳が聞こえない仔犬が生まれてしまった場合、犬種向上という事を考えるならば獣医によって処分する事も考慮しなくてはいけない。
人道主義的立場から反を唱える人がいるが、処分したくてするブリーダーなどいない。中には口を噤んで血統書を付けて売る者もいる。だが、ブリーダーは次世代に対する責任を常に認識すべきだと、私は思う。処分ができない場合、避妊、去勢を行うというのは最低限の事であるが、事故への責任能力という事も考えなくてはなるまい。何故なら全く耳の聞こえない犬は、車の通行音が聴こえないため事故を引き起こす可能性が非常に高い。また自分が吠えてもうるさいとは感じないので、無駄吠えをしやすい場合もある。保険に入る、リードを外さない等の対応は当然ながら、より深い愛情と責任を維持できるかを問い直す必要があるだろう。

また、片耳が聞こえないダル、ブルー・アイの仔犬が生まれた場合、繁殖に使用すべきでない事を認識しなくてはならない。つまり血統書を発行する事は出来ない。彼らは日常生活にはほとんど支障をきたさず生活する事が出来る。ただ、片耳が聞こえない場合、アイ・コンタクト、もしくは指などを使っての指示に重点を置いた躾をする必要がある。オーナーの深い愛情、そして忍耐力が重要な要素でもある。

ブルー・アイの場合、ヨーロッパではスタンダードではないと明記されているので、繁殖からは外すべきだと認識されているが、アメリカではブルー・アイも両目の色の違うダルもスタンダードに組み込んでいる為、聴覚障害の発生をより高める危険性があると言えよう。純血種における仔犬の30%が聴覚障害を持つと言われる中で、そのうちの10~12%をダルが占めているという事実を鑑みると、我々ブリーダーの果たす責任は非常に大きい。